ひと夏の思い出 と 一生の思い出【完】
春休みの水族館は、想像以上に混んでいた。

「キャッ!」

突然、目の前を走って横切っていく子供にぶつかりそうになり、よろめいた私を、先輩は「おっと!」という声とともに腕を掴んで助けてくれた。

「落ち着いてそうに見えるのに、意外とそうでもないんだな」

くすりと笑った先輩は、そのまま私の手を握って歩き始める。

えっ?

ええっ⁉︎

生まれて初めて、男の子と手を繋いだ。

その後のことは、よく覚えていない。

ドキドキしすぎて、それどころじゃなかったから。

ただ、翌日からは、なぜか毎日、ファストフード店にジュース一杯で居座り、先輩は受験勉強、私は宿題をこなす日々が始まった。

もちろん先輩には部活もあるから、その合間を縫ってだったけど。

そんな生活で、先輩を好きにならないわけがない。

だからといって、告白する勇気はこれっぽっちもなく、ただ先輩に言われるまま勉強したり、出かけたりする日々が続いた。

けれど、それも先輩が高校を卒業するまで。

卒業後、先輩は遠くの大学へ進学し、ただの先輩後輩である私たちは二度と会うことはなかった。
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