ひと夏の思い出 と 一生の思い出【完】
私たちは、バーカウンターに並んで座ろうとするけれど、こんなお店に初めて来た私は、この座面の高いスツールにどう座っていいのかも分からない。

ゲームでは、当たり前のように並んで座らせてたけど、こんなところに最初の難関があるとは思わなかった。

バーテンさんに注文を聞かれても、居酒屋メニューにあるビールや酎ハイくらいしか知らない。

どうしよう。

困っていると、社長が答えてくれる。

実里(みのり)は、甘いのが好きだろ?
 何かフルーツ系のあまり強くないのを彼女に、俺はハーパーをロックで」

ゲーム内では、女性は簡単にお酒を飲んで、恋をしてるのに、私はお酒を飲むことすらままならない。

こんなことで、大丈夫なのかな。

不安になりつつも、もうチャンスは今日しかない。

そんなに何回も社長を飲みに連れ出すことなんてできないから。

「で? 実里の相談って何だ?」

社長に切り出されて、困った。

相談の内容を考えてない。

「あの、私、ゲームでは、女性にバーでお酒を飲ませたり、ハイスペックな男性と恋をさせたりしてるのに、自分では、そういうのをしたことがないから、その、リアリティに欠けたりしないのか、不安で……」

私は、まさに今、思ってることを答える。

「ああ! それは大丈夫だよ。
 そもそも、実際にそんなことをしてる女性は、そんなゲームをしないから。大体、ああいうのは、代償行為なんだ。恋をしてない女性がしてるんだから、必要なのは、リアリティよりも夢だよ」

そう……かもしれない。

「実里はそのままでいいんだよ」

社長は、くしゃりと私の頭を撫でる。

「けど、実里は、大学生の頃は、恋とかしなかったのか?」

してない。

でも、正直に言ったら、そんなめんどくさい女、たとえ一夜の過ちでも、ひと夏の思い出でも、抱きたいとは思ってくれないだろう。

「内緒です。社長はどうなんですか?」

私は、ごまかして社長に話を振る。

「俺か? 残念ながら、何もないなぁ。オタクのようにゲームを作って、会社を登記してってやってたら、それどころじゃなかったからな。ろくにデートもしてないよ」

うそ……

「だって、社長、モテるのに……」

ルックスが良くて、学生なのに社長で……

モテないはずがない。

「残念ながら、工学部に女性はほとんどいないし、それに構ってる余裕もなかったしな」

そうなんだ……

一杯目のカクテルを飲み干した私は、次のお酒を自分で注文する。

「すみません、次は、もう少し強いのを」

「ん? 実里、どうした?
 いつも、そんなに飲まないだろ?
 何かあったのか?」

社長は、心配そうに私の顔を覗き込む。

「いえ、大人の女性の真似をしてみたくて」

ごまかしつつ、私は出されたカクテルを口にする。

今度もジュースのように甘くて、それほどアルコールが強いようには感じられない。

私は緊張も相まって、いつもより早いペースで飲み続け、気づけば3杯ほど飲んでいた。

「実里、そろそろやめておけ。
 すみません、ノンアルコールの飲み物を何か」

社長がそう注文するけれど、そんなことをされたら、酔った勢いっていう手が使えない。

「大丈夫です。まだ、そんなに酔ってません」

そんな私たちを見て、バーテンさんはどうするべきか迷っているような表情を浮かべた。

「それが、酔ってるんだ。もういい。
 すみません、さっきのキャンセルで、チェックお願いします」

社長は強引に支払いを済ませてしまい、席を立つ。

「ほら、実里、帰るぞ」

私は、仕方なく背の高いスツールから、足を伸ばしてヒョイと飛び降りた……はずだった。

けれど、うまく立てなくて、そのまま膝から崩れ落ちる。

それを社長が、慌てて抱きとめてくれた。

「ほら見ろ。帰るぞ」
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