悪役令嬢はお断りします!~二度目の人生なので、好きにさせてもらいます~

「メイドさん」
「はい」
 テーブル席を片づけていると声をかけられ、顔を上げる。
 すぐ隣のテーブル席に座っていた二十代くらいの女性が軽く手を上げていた。
 向かい側には彼女と同年代の男性が座っている。

「ご注文はお決まりですか?」
「注文ではなくちょっと伺いたいのですが、あそこに飾ってあるワンピースって、販売しているんですか? この辺りでは見ないデザインだったので気になって」
 女性の視線の先では、二、三人のお客さんがワンピースやブラウスを見ている。

「はい。注文を承っています。よろしかったら、直接触れてご覧になってください」
「触ってもいいんですか?」
「もちろんでございます。リネン一〇〇パーセントのものと綿混のものでは、肌触りも違いますし。リネン地ですので、夏に着るとさらっとして気持ちがいいですよ」
「ありがとうございます。見てきますね」
 女性が男性に断ると立ち上がり、足取り軽くワンピースのもとへ一直線で向かっていった。

 男性は不安そうな瞳で彼女の背を追っている。

「どうかなさいましたか? ご主人様」
「ご、ご主人様……っ!」
 男性は両手で顔を覆ったけれど、その手の隙間からうかがえる顔は真っ赤だ。

「すみません。あいつはノリノリでお嬢様を受け入れていますが俺はまだ慣れなくて。俺、庶民代表かってくらいの典型的な庶民なんです。ほんと、すみません」
「大丈夫ですよ」
「あの……あいつが気に入ったレースのワンピースって、おいくらですか? やっぱりお高いんでしょうか」
 私が値段を言うと、彼は目を大きく見開く。

「えっ、その値段でいいんですか?」
「はい、そうでございます」
「ちょっと早い誕生日プレゼントとして、買ってあげられます。注文をお願いしてもいいですか?」
「かしこまりました。ご注文票に記入していただく必要がありますが、サプライズということで、ご予約は後日にあらためましょうか?」
「えぇ、お願いします。後でまた来ますので……あと、すみません。メニューの方なんですがまだ迷っていまして……」
「かしこまりました。では、ご注文がお決まりになりましたら、またお呼びくださいね」
 私は会釈して、再び食器を片づけるためにテーブルに向かった。

 少しずつだけれど、ブラウスやワンピースに興味を持ってくれている人たちが増えているのはうれしい。

 でも、商売として成り立たなければ意味がない。商会の人たちにも広めて、新規に契約してもらわなきゃ。私は心の中で活を入れると食器を厨房へと運んだ。

 食器を洗って片づけ再びホールへ戻れば、ちょうどウィンドチャイムがガランガランと鳴った。





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