悪役令嬢はお断りします!~二度目の人生なので、好きにさせてもらいます~
そちらに強く意識を引きつけられたため、足を止め、右手に広がっている小庭園側へと顔を向けると庭園を挟んだ向こう側にある校舎の二階部分に異変が。
風に揺れるカーテンの隙間からぬっとバケツを持った両手が現れ、左右に動きなにかの位置を調整しているようだ。
女子生徒が三人いるみたいだけれど、肝心の顔がカーテンで隠れて見えず。
――なんでバケツ?
誰が持っているのかはわからない。どうやら、水をそのまま外に捨てようとしているみたいだ。
ありえない。そう思った直後、ふと下にあるベンチに女子生徒が座っているのに気づく。
マイヤーヌだ。彼女は教科書を開き、読んでいる。
え、嘘でしょ……まさかあのバケツって……!?
「アイッザック、ごめん。ちょっと教科書を持って!」
私はアイザックに教科書を押しつけるように渡し、地面を蹴って駆けだしていた。
私の名を叫ぶアイザックの声が背に聞こえたが、止まることなく彼女のもとへ。
「マイヤーヌ!」
「え?」
マイヤーヌがこちらを見た時。私は彼女の頭に覆いかぶさるように抱きしめると、まるで滝行でもしているかのような強い水の衝撃が頭上に走った。
ほんの数秒程度で私の全身はびしょびしょ。
肌に張りつく制服がちょっと気持ち悪いと思っている間も、ぽたりぽたりと滴が頬を伝って首筋に流れていく。
顔にかかった水を手で拭いながら二階を見上げた時には、すでに誰もいなかった。
「シルフィ様!?」
マイカの金切り声をきっかけに、波紋のように男女の悲鳴が広がっていった。
「マイヤーヌ。大丈夫ですか?」
「ど、どうして水が……」
マイヤーヌは小さく震えながら、瞳を揺らしている。
これ完全に故意よね。
以前、ラルフがマイヤーヌに言った台詞が頭をよぎった。『君は自分から敵をつくりすぎている』という言葉が……。
「シルフィ」
背にアイザックの声が聞こえたため振り返ると、アイザックとマイカの姿があった。
アイザックは顔を険しくさせているし、マイカは青ざめている。
「アイザック。マイヤーヌにブレザーを貸してあげてほしいの。濡れちゃっているから」
「マイヤーヌより君だ。俺は君を優先する。制服の下が透けているじゃないか。そんな姿をほかの奴らに見せたくない。それに、彼女のことは彼がやるから心配ない」
「彼……?」
アイザックが視線を左手へと向けると、ラルフがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
彼の前方には誘導している女子生徒の姿がある。どうやら誰かが呼んできてくれたみたいだ。
「いったい、なにがあったんですか?」
到着したラルフはブレザーを脱ぎながら声をかけてきたが、私は話すのを躊躇した。
今見たことを、マイヤーヌの前でわざわざ言って傷つけるような真似をするべきではない。
でも、いつかは真実を知るだろうし。
「ラルフ様。話は後にしてくださいませ。今は着替えの方が先ですわ。シルフィ様がお風邪を召してしまいます。さぁ、シルフィ様、マイヤーヌ。保健室に参りましょう。タオルがありますし、着替えも行えます。タオルは薬品棚の近くにリネン室がありますので、そちらに」
「マイカ。職員室に行って予備の制服があるか聞いてきてくれ。俺より君の方が適任だろう。保健室には俺が連れていく」
「えぇ、了解しました」
マイカはうなずき、足を踏み出そうとしたので、私は彼女にお礼を言った。
「マイカ、ありがとう」
「いいえ。お礼を言われるようなことはなにもしておりませんわ。シルフィ様のお役に立てるのならば本望です。アイザック様、シルフィ様をお願いしますわ」
「任せろ」
アイザックがうなずくと、マイカは校舎へ向かって駆けだす。
これから授業も始まるのに、迷惑をかけた。
後でお礼をしなければ……と思っていると、全身に刺さるような強い視線を感じてしまう。
あっ、これは絶対に怒っているなぁ。
ゆっくりとアイザックの方を見ると、彼は腕を組んでじっと私を見つめている。
穴があきそうなくらいに注視されているため、ちょっと居心地が悪い。
無言の圧力がただ痛かった。