悪役令嬢はお断りします!~二度目の人生なので、好きにさせてもらいます~

「ご、ごめんなさい」
「言いたいことはいっぱいあるけれど、今は着替えの方が先。さぁ、保健室に行こう」
「……うん」
 アイザックが私の背に手を優しく添えると、進むように促してくれた。

 ラルフやマイヤーヌたちも一緒に保健室へ向かうと、真っ白な保健室の扉に【一時席をはずしています。ご用の方は中でお待ちを】というプレートがかけられていた。

 プレートのとおりに保健室の中に入ると、左右にカーテン付きのベッドが五台ずつ設置されている。奥には大きく切り抜かれた窓があり、机や薬品棚などが並べられていた。
 初めて入ったけれど、日本の保健室とあまり変わりないようだ。

「ここで待っていてくれ。タオルを取ってくる」
「ありがとう」
 アイザックがタオルを取りにいってくれたので、私は待つことにした。

 全身ずぶ濡れのため、靴の中にまで水が入って歩くたびに水音がしている。
 こんな状態で奥まで進んだら、さらに床を汚してしまう。

 ややあってアイザックがタオルをかかえてくると、マイヤーヌに半分渡し残りのタオルを私に渡してくれた。

「ありがとう。ブレザー濡らしちゃってごめんね」
「制服なんてどうでもいい。君の優しさは好きだ。でも、今回の件でその優しさが心配でたまらなくなった」
 アイザックはやり場のない怒りをこらえているかのような声音で言うと、私に手を伸ばして頬に触れる。

「……冷たいな」
「水を浴びちゃったからね」
「水でよかった。仮に薬品だった場合、君は……」
 私を捉えている海色の瞳は不安定に揺れ動き、大きな彼の体が小さく見えた。
 頬に触れている手がわななき、心配の大きさが伝わってくる。

「心配かけてごめんなさい」
 私がアイザックの手に自分の手を重ねると、ノックの音が室内に届いた。
 ゆっくりと真っ白い扉が開かれ、現れたのはマイカだ。彼女は、かかえるようにして折りたたまれた制服を持っている。

「予備の制服がありましたので借りてきました。ベッドに置きますね」
「ありがとう、マイカ」
「滅相もないです。お役に立てて幸いですわ……というか、男性陣。今から女性が着替えるのですが。まさかここにずっといるつもりではないですよね? とくにアイザック様」
「なんでとくに俺なんだよ。着替える間は外で待つに決まっている。ラルフ、行こう」
「えぇ。ですが、僕は目撃者に話を聞きたいと思っているんです。まだ記憶が新しいうちに。シルフィ。マイヤーヌのことを任せてもよろしいですか?」
「えぇ、もちろん」
「すみません。お願いします」
 ラルフはそう言うとアイザックと共に扉の向こうへ消えていった。

 さっそく着替えようと思ってタオルで髪を拭きながらベッドへ向かうと、マイヤーヌがうつむいて動かないのに気づく。
 衝撃的な出来事だったから、ショックが大きすぎたのだろうか。
 心配になり近づけば、か細い声が私の耳に聞こえてきた。

「どうして助けたんですか……」
 床に一滴の滴が落ちたのをきっかけに、マイヤーヌは両手で顔を覆いながら嗚咽交じりに泣きだした。
 なんて声をかけていいのかわからずに手をさまよわせると、彼女の口から言葉が続く。

「シルフィ様を見ると自分が嫌になる。かわいくて優しくてみんなに愛されて……私が欲しいものを全部持っている……こんなかわいげがない私だから、ラルフ様にも好かれない……」
「ラ、ラルフ?」
 幼少期から彼女のことは知っていたけれど、まさかラルフのことが好きだったなんて。
 そっか。なんとなく腑に落ちた気がする。
 私に対してマイヤーヌのあたりが厳しい理由は、ラルフと私の仲がよかったからなのだろう。

「気づかずに申し訳ありません」
「違います……私が悪いんです。ラルフ様と話をしたかったのに、上手にできないから。シルフィ様は自然にラルフ様のそばでおしゃべりできているから、うらやましくて……私、ラルフ様の言うように敵をつくっていたのね。そのせいで、シルフィ様を巻き込んだ……ご迷惑をおかけしました。責任を取ってカフェの仕事を辞めます」
「待ってください。お店、嫌いですか?」
 その問いに対して、マイヤーヌは首を激しく横に振った。





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