その手をぎゅっと掴めたら。
10時58分。
雨足が強まってきたところで、葉山くんが現れた。
ビニール傘を差して、黒いシャツとジーンズ姿の葉山くんの元に駆け寄る。
「走らないで。外で待ってたの?」
慌てたように彼も駆け寄ってきて土砂降りの中、向き合う。
「走れるくらいには元気なんだよ」
「こんな雨の中、風邪を引いてしまうよ。早く中に入ろう」
「ううん。顔を見れただけで十分なの。葉山くんは学校に行って」
「え?」
「ほら、恋人同士ならあるじゃない?ほんの少しでも会えたら、幸せってやつ。だから今日はもう幸せだから、いいの」
大丈夫。いつもの葉山くんだ。
いつもの、2人だ。
「……そっか」
葉山くんは困ったように笑った。
「来てくれてありがとう。傘を差してても濡れちゃうね」
「一言だけ、いい?」
「うん」
葉山くんは自分の傘を私の方に傾けてくれた。
こういうさり気ない優しさが、好きだ。
「佐野、」
葉山くんの言葉を待つ。
彼は小さく頷いてから、私を見た。
「ーー別れよう」
え。
急に、耳障りな雨音が大きくなった。
「…葉山くん?ごめん、雨でよく聞こえなかった」
あはは、と笑って聞き返す。
ーー違う。雨のいたずらだ。
そうだ、聞き間違いだよ。
「別れよう」
先程よりも大きめな声で、はっきりと葉山くんは言った。