その手をぎゅっと掴めたら。

2時間後、相当急いで駆けつけて来たであろう父のワイシャツは雨で濡れていた。


「ちゃんと傘を差してきたの?」

「差して来たよ。それより大丈夫か?体調に変わりはないか?」


息切れ気味のお父さんに亜夜が麦茶を差し出す。


「娘が心配なんだよ、いい父親じゃん」


さっきまで自分が座ってた椅子を父に譲った亜夜はベッドに腰掛けた。


「大丈夫だよ。だからお父さん、もう長野に戻って」

「いやいや、まだ居るよ」

「本当に大丈夫だから!」


ムキになることではないと頭では理解しているのに、強い口調になってしまう。

この苛立ちは、父が原因じゃないことも頭では分かっている。


「反抗期ですなぁ」


亜夜の呟きに、父が吹き出す。


「反抗期の娘にとって、父親はゴミみたいなものだろう?」

「いえ、ゴミ以下です」


父の嘆きを亜夜がきっぱりと切り捨て、2人とも笑い出した。つられて私も笑う。


「まぁ亜夜ちゃんも居るから大丈夫か。分かった、明後日には帰るよ」


「明日でも…」と呟いた私の声は亜夜に掻き消された。


「私が付き添ってますから安心してください!ちなみに頭がいいので、少しくらい学校休んでも問題なしです」


「本当に亜矢ちゃんには頭が下がるよ」


温かい家族。
十分幸せだけど、心に空いた穴がキリキリと痛む。恋の代償は、どれくらいで消えるのだろう。

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