その手をぎゅっと掴めたら。
「ちょうどお客さんがいなかった店内で、俺は崩れ落ちだ。俺の姿を見える人がいて、安心したんだ。マスターは話を聞いてくれて、温かいコーヒーを淹れてくれた」
コーヒーを淹れてることをすっかり忘れていたため、マグカップを手に取る。
何故、祖父に青山さんに気付くことができたのだろう。
「色々試したんだけど、金曜日の17時から18時の間、"さの喫茶"でなら、限られた人には、俺の姿が見えるみたいなんだ」
金曜日、17時。青山さんは毎回きっちりその時間に現れた。
そして入院中、亜夜に店番を頼んだこともあった。
あの時、青山さんは用事ができて来れなかったのだと彼女と話したけれど、それは違うのだろう。
「亜夜には青山さんが見えなかったのですか?」
「残念ながら、何回も呼び掛けてみたけど反応はななかった」
「そんな…私や祖父には何かあるのでしょうか」
「分からない。でも7年前、店内でマスターが倒れているところを発見し、応急処置を施したんだ。駆けつけた救急隊には、俺の処置がなかったら命を失っていたかもしれないと言われた。俺が命の恩人だから、その恩を返すために君が見えるんだ、ってマスターは言ってくれた」
7年前。祖父の病気が見つかった年だ。
店の常連さんに助けられたとは父から聞いていた。
「マスターは命を引き取るその日まで、俺に大好きなコーヒーを淹れてくれて、たくさん話を聞いてくれた。孫への遺書には君のことを託したから、心配しないでって、言ってくれた」
1.祖父所有の喫茶店を含めた不動産は私に譲渡すること。
2.とあるひとりの常連客のため、冬までお店を開けて欲しいとのこと。
祖父が残した2つの遺言。
特に2つめが重要な意味を持っているなんて想像すらしていなかった。
毎週、毎週、青山さんは笑顔で訪れ、私の話を聞いてくれて、良き相談相手だった。彼の背負っている苦しみなど、その影すら私に見せなかった。