昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
誰もいない会社のベランダ。
このベランダは、葉月が何か考え事をしたい時にいつも利用する場所だ。
今日は天気がよく気持ちのいい風が吹き抜けていた。
葉月はその風に当たりながらベランダから見えるビル街を眺め、黄昏ていた。
「お、長谷川じゃん」
「月野さん!」
いつの間にか隣に現れたのは、営業部の月野慶だった。月野は朱里と同じく三年目で独身だ。
「最近本当に暑いよな。社内は冷房利いてるからいいけど、外出たら暑くて溶けそう。その点、ここは涼しくていいな。ところで長谷川、今日はどうしてここにいるんだよ」そう言うと月野は手に持っていた缶コーヒーを飲んだ。
葉月が返事をしぶっていると、月野が透かさず、「誰かにフラれでもしたか?」と言った。
「それ、セクハラですよ」
「え、マジ? これセクハラ?」月野は悪びれる様子もなく言った。葉月はそんな月野を見て溜め息をつく。
「訴えてもいいですか?」
「駄目です。もう言いませんから許してください」
素直に謝る月野を見て、葉月は笑った。
月野はこうして葉月のことをよくからかいに来る。見た目はモデルみたいに長身で足が長く、社内ではイケメンともてはやされている。
それにもかかわらず、面白くて物事をあまり気にしない性格のため、外見と中身にギャップがある。
「俺さ、ジム行こうかと思ってるんだよね。長谷川も一緒に行く?」
「行かないですよ。私運動苦手だし」
「筋トレはストレス発散になるって言うじゃん。だから、長谷川も何かストレス抱えてんだったら、俺と一緒にストレス発散しようぜ」
「他の運動できる子と行ってくださいよ。月野さんって女子社員から人気あるし、誘ったら一緒に行ってくれると思いますよ」
「お前といる方が気楽なんだよ。まあ嫌ならいいんだけど」
月野なりに気遣ってくれているのだろうか。落ち込んでいる姿を見て励ましてくれているのかもしれない。
葉月はそんな月野を察して、本音で話してみようと考えた。
「私、今はストレスとかじゃなくて、真剣に悩んでるんです」
「ほー。その悩み、優しい上司の俺が聞いてやろうじゃん」
「自分で言わないでください」と軽く突っ込みを入れると、月野は再び、「俺って優しすぎるよな、本当」と同じようなことを言ってきたため、葉月はもう突っ込みを入れるのをやめた。
「月野さんが高校生の時って、大人の女の人のことを恋愛対象として見てましたか?」
月野は想定外の質問だったのか、飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「え、それ悩み?」
「いいから私の質問に答えてください」
仕方なく月野は渋々答える。
「俺は高校生の時、同級生に付き合ってた子がいたからさ、年上の女はタイプじゃなかったし、恋愛対象として見ることはそれほどなかったかな」月野はコーヒーがついた自分の口元をハンカチで拭きながら言った。
「そうなんですか?」
葉月は月野の顔を凝視した。
「そう。でも俺の友達で、若くて美人の保健室にいる先生が好きだった奴はいたなあ。だからとにかく俺は違うけど、人によってはもちろん恋愛対象として見てる奴はいると思うよ」
「へえ」
「へえじゃないよ。お前なに、高校生が好きなの?」
月野は葉月を少し呆れたような目で見た。
「ち、違いますよ。この際、月野さんだから言いますけど、実は最近高校生の男の子とよく遊びに行くんです。その子と遊ぶと楽しいし、高校生に戻った気分にもなれるんです。でも、勘違いしないでくださいね。私はその子のことを弟のように思ってるんですから」
「弟ねえ」
月野は葉月の言っていることをいまいち信じていないようだった。葉月はそんな月野のことはお構いなしに続けて話した。
「こんなこと言ったら自惚れてるって思われるかもしれないですけど、この前その子に彼氏いるんですか? って聞かれて、ひょっとして私のこと好きなのかなって思っちゃったんです。もし今後告白なんてことになったら、今の関係が壊れちゃうんじゃないかと心配で」
月野は焦る葉月を冷静に見つめていた。
「月野さん、私どうしたらいいですかね」
「どうしたらって、難しいこと訊くなあ。俺にも分からんわ」
「そんなあ」
「本人にしかそんなの分からんだろ」
葉月は月野の言う通りだと思った。本人の気持ちは本人にしか分からない。それは葉月にだってわかっていたはずだ。
でもあえて知らないふりをしてきたのかもしれない。
それは、その本人に直接訊くのが怖いから。
「考えても時間の無駄だよ。そんなこと気にしないでさ、今まで通り過ごしとけばいいんだよ。何かあったらその時考えれば?」
「気にしない━━」
「そうそう、気にしないのが一番」
本人に直接訊くのも、気にしないと言うのも、それはそれで難しい。
しかし今は直接訊くよりかは、気にしない方が得策なのかもしれないと葉月は考えた。
「じゃあ、何かあったらまた相談に乗ってください」
「どうしよっかなあ」
「乗ってくださいよー。優しい上司なんでしょう?」
葉月はそう言うと月野の両肩を掴んで激しく揺らした。
「お前、俺の相談料はたけえぞ?」
「部下を相手にお金とるんですか?」
「当たり前よ。今回だけ特別にタダにしてやったけど、次は高くつくかんな」
「ケチー」
葉月がそう言うと、葉月と月野はお互いに吹き出して、一緒になって笑った。
☆
このベランダは、葉月が何か考え事をしたい時にいつも利用する場所だ。
今日は天気がよく気持ちのいい風が吹き抜けていた。
葉月はその風に当たりながらベランダから見えるビル街を眺め、黄昏ていた。
「お、長谷川じゃん」
「月野さん!」
いつの間にか隣に現れたのは、営業部の月野慶だった。月野は朱里と同じく三年目で独身だ。
「最近本当に暑いよな。社内は冷房利いてるからいいけど、外出たら暑くて溶けそう。その点、ここは涼しくていいな。ところで長谷川、今日はどうしてここにいるんだよ」そう言うと月野は手に持っていた缶コーヒーを飲んだ。
葉月が返事をしぶっていると、月野が透かさず、「誰かにフラれでもしたか?」と言った。
「それ、セクハラですよ」
「え、マジ? これセクハラ?」月野は悪びれる様子もなく言った。葉月はそんな月野を見て溜め息をつく。
「訴えてもいいですか?」
「駄目です。もう言いませんから許してください」
素直に謝る月野を見て、葉月は笑った。
月野はこうして葉月のことをよくからかいに来る。見た目はモデルみたいに長身で足が長く、社内ではイケメンともてはやされている。
それにもかかわらず、面白くて物事をあまり気にしない性格のため、外見と中身にギャップがある。
「俺さ、ジム行こうかと思ってるんだよね。長谷川も一緒に行く?」
「行かないですよ。私運動苦手だし」
「筋トレはストレス発散になるって言うじゃん。だから、長谷川も何かストレス抱えてんだったら、俺と一緒にストレス発散しようぜ」
「他の運動できる子と行ってくださいよ。月野さんって女子社員から人気あるし、誘ったら一緒に行ってくれると思いますよ」
「お前といる方が気楽なんだよ。まあ嫌ならいいんだけど」
月野なりに気遣ってくれているのだろうか。落ち込んでいる姿を見て励ましてくれているのかもしれない。
葉月はそんな月野を察して、本音で話してみようと考えた。
「私、今はストレスとかじゃなくて、真剣に悩んでるんです」
「ほー。その悩み、優しい上司の俺が聞いてやろうじゃん」
「自分で言わないでください」と軽く突っ込みを入れると、月野は再び、「俺って優しすぎるよな、本当」と同じようなことを言ってきたため、葉月はもう突っ込みを入れるのをやめた。
「月野さんが高校生の時って、大人の女の人のことを恋愛対象として見てましたか?」
月野は想定外の質問だったのか、飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「え、それ悩み?」
「いいから私の質問に答えてください」
仕方なく月野は渋々答える。
「俺は高校生の時、同級生に付き合ってた子がいたからさ、年上の女はタイプじゃなかったし、恋愛対象として見ることはそれほどなかったかな」月野はコーヒーがついた自分の口元をハンカチで拭きながら言った。
「そうなんですか?」
葉月は月野の顔を凝視した。
「そう。でも俺の友達で、若くて美人の保健室にいる先生が好きだった奴はいたなあ。だからとにかく俺は違うけど、人によってはもちろん恋愛対象として見てる奴はいると思うよ」
「へえ」
「へえじゃないよ。お前なに、高校生が好きなの?」
月野は葉月を少し呆れたような目で見た。
「ち、違いますよ。この際、月野さんだから言いますけど、実は最近高校生の男の子とよく遊びに行くんです。その子と遊ぶと楽しいし、高校生に戻った気分にもなれるんです。でも、勘違いしないでくださいね。私はその子のことを弟のように思ってるんですから」
「弟ねえ」
月野は葉月の言っていることをいまいち信じていないようだった。葉月はそんな月野のことはお構いなしに続けて話した。
「こんなこと言ったら自惚れてるって思われるかもしれないですけど、この前その子に彼氏いるんですか? って聞かれて、ひょっとして私のこと好きなのかなって思っちゃったんです。もし今後告白なんてことになったら、今の関係が壊れちゃうんじゃないかと心配で」
月野は焦る葉月を冷静に見つめていた。
「月野さん、私どうしたらいいですかね」
「どうしたらって、難しいこと訊くなあ。俺にも分からんわ」
「そんなあ」
「本人にしかそんなの分からんだろ」
葉月は月野の言う通りだと思った。本人の気持ちは本人にしか分からない。それは葉月にだってわかっていたはずだ。
でもあえて知らないふりをしてきたのかもしれない。
それは、その本人に直接訊くのが怖いから。
「考えても時間の無駄だよ。そんなこと気にしないでさ、今まで通り過ごしとけばいいんだよ。何かあったらその時考えれば?」
「気にしない━━」
「そうそう、気にしないのが一番」
本人に直接訊くのも、気にしないと言うのも、それはそれで難しい。
しかし今は直接訊くよりかは、気にしない方が得策なのかもしれないと葉月は考えた。
「じゃあ、何かあったらまた相談に乗ってください」
「どうしよっかなあ」
「乗ってくださいよー。優しい上司なんでしょう?」
葉月はそう言うと月野の両肩を掴んで激しく揺らした。
「お前、俺の相談料はたけえぞ?」
「部下を相手にお金とるんですか?」
「当たり前よ。今回だけ特別にタダにしてやったけど、次は高くつくかんな」
「ケチー」
葉月がそう言うと、葉月と月野はお互いに吹き出して、一緒になって笑った。
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