昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
第二章 葉月の心の変化
葉月の前に翔が現れてから約二ヵ月が経った。
最初は警戒していた葉月だったが、翔と言う無邪気で純粋な人柄に触れていくうち、徐々に警戒心が和らいでいった。
今ではもう弟のような存在だ。
葉月にはそんな翔に対して一つだけ疑問に思うことがあった。それは、翔が葉月と友達になりたがった理由についてだ。
一時は自分のことが本気で好きなのではないかと思った。しかし考えれば考えるだけ無駄な気がして、葉月は途中で考えるのをやめた。
これまで翔から一体どんなことを言われるのだろうと、内心胸を高鳴らせていたわけだが、まさかあんな冗談を言われるとは思いもしなかった。
本当にがっかりとしか言いようがない。
「翔、いきなりそんな冗談を言われても困るんだけど」
葉月は頼んでいたオレンジジュースを一口飲んだ。
「まあ、こうなるとは思ってましたよ」
翔はどうしようもないとでも言うような顔をして、すでに食べ終えて空になった皿を眺めている。
「でも、今が言うタイミングだと思ったんです。俺は本気だし、冗談のつもりで言ったわけじゃない」
冗談ではないと翔は言うが、そんなのは無理がある。いつまでこの芝居は続くのか。葉月は内心呆れるばかりだった。
「あのさ、私真剣に悩んでるの。自分の父親が不倫した場面を目の当たりにして、四年も口を利いてなくて、夢にまで見てうなされる。それを翔になら話してもいいかなと思って話したのに、こんなのってひどいよ」
葉月は馬鹿にされているような気持ちになって悲しくなった。
ただ話を聞いてくれるだけでよかったのだ。
冗談を言って笑わせようとしてくれなくても、頷いて話を聞いてくれさえすれば、少しは心が晴れるだろうと思っていたから。
「いや、本当にこれが俺の言いたかったことです。無理に信じてほしいなんて言わないですけど」
翔は至って真剣に話している。
そんな翔の様子を見て、もしかすると、これは本当に芝居ではないんじゃないかと葉月は思うようになってきた。
「本気で言ってるの?」
「はい」
「じゃあ、本当に翔がハルの生まれ変わりだって言うのなら、なにか証拠がほしい。それが本当なら、信じようって言う気持ちにもなるし」
「わかりました。じゃあ俺、これからハルだった時の昔の話します」
翔は改まって座り直した。
「俺らが住んでいた家、今の葉月さんの実家は、山梨県の甲府にあって、一戸建ての四LDK。俺はいつもリビングでゲージの中に入って寝ていました。三人家族と俺一匹で住んでいて、誰かが誕生日の時は必ず犬用のケーキも用意してくれて、皆でケーキを食べてお祝いして……」
「ちょ、ちょっと待って。ごめん。その実家の情報って、もしかして私のSNS見た? その他の情報も取って付けたような感じだし。他に何か具体的なエピソードとかはないの?」
葉月がまだ信用していないことを伝えても、翔は焦ることなく話し始めた。
「いいですよ。じゃあこの話にしよう。昔、家族でよく軽井沢や伊豆に旅行に行きましたよね。俺も連れて行ってもらって。これは軽井沢に旅行に行った時の話なんですけど、俺と葉月さんだけ迷子になったこと覚えてますか?」
「うーん……」
葉月は思い出せずにいたが、翔は話を続けた。
「周りに誰もいなくて、葉月さんは大泣きをしたんですよ。それで俺が何とか葉月さんを慰めて、人がいる場所まで連れて行って、お父さんとお母さんに会えてから、ようやく泣き止んだんです」
「……そんなことあったっけ?」
中々思い出せない葉月だったが、めげずに翔は「それなら、葉月さんがマムシに襲われそうになっているところを俺が助けに行ったことは覚えてます? その後、変わりに俺がマムシに噛まれて、俺の頬がパンパンに腫れたんですよ」と話した。
「あったような、ないような」
そんなことあっただろうか。
自分から証拠を話せと言ったのに、実際に話されるといまいちピンとこなかった。
当の本人がその時の記憶を忘れていては検証にもならない。葉月は自分の記憶力のなさに落胆した。
「逆に葉月さんが覚えてることって何ですか?」
「私が覚えてることって言ったら、怖い映画を見た後にハルと一緒に寝たこととか、親と喧嘩した時にハルと家出したことくらいかな」
翔に話しながら自分の犬使いの荒さに気づいて、葉月は反省した。
そんなことしか覚えていない自分が情けない。
「ああ、そう言えばそんなこともありましたよね。よかった。俺がハルだった時のこと、何も覚えてくれてないのかと思って焦りましたよ」翔が安心したように言った。
演技なのか何なのかよくわからない翔の発言に、葉月は困惑するばかりだった。
そんな葉月を察してか翔がすぐにまた口を開く。
「やっぱり、いきなりこんなこと言われて困りますよね。もしかしたら信じてもらえるんじゃないかなって、少しは期待したんですけど、結果的に葉月さんを困らせることになって何か申し訳ないです」
そう言う翔に対し、葉月は何と答えればいいかわからなかった。
翔がハルの生まれ変わり、なんて夢みたいな話が現実にあるわけない。
それにもかかわらず、翔はあたかも本当にある話のような態度と口ぶりで話をしてくる。
翔の言っていることを決して信じたくないわけではなかったが、その話を受け入れるほどの気持ちの余裕が今の葉月にはなかった。
「そう言えばさっき、私が実家に帰っていないことを知ってるって言ってたけど、それって何で?」
「それは、前世の時の家がどうなってるか気になったから、二年くらい前から実際に何度か東京から山梨にある家の様子を見に行ったんですよ。正月に行ったから、きっと家族全員揃って、楽しそうにしてるんだろうなって思ってたら、実際そうじゃなくて。そこにはお父さんとお母さんだけしかいなかった。他にもゴールデンウィークやお盆にも行ったんですけど、葉月さん一向に帰って来る様子なかったから、これはさすがにおかしいなって思って。だからですよ」
まさか翔がそんなことをしているとは思ってもみなかったため、葉月は呆気にとられた。
「何よりお父さんが寂しそうだったんで、これは家族に何かあったなって思いましたね」
父が寂しそうだった。それを聞いて葉月は胸が痛くなった。悪いのは不倫をしている父なのに、寂しそうなんて話を聞いて、同時に腹が立った。葉月は怒りを閉じ込めるように、自分の膝を力強く手で握った。
「って言うか、普通に実家に行ったって言っちゃってるけど、それが本当なら、私まだ信じてないから、このままだと翔のことストーカーだと思っちゃうけどいいの?」
「えー。それは勘弁してもらえないですか?」翔は苦虫を噛み潰したような顔をして葉月を見る。
「とにかく、急にこんなこと言われても信じられないよ。少し考えさせてほしい」葉月は頭を抱えながら言った。
翔がハルの生まれ変わり。
まるで夢物語のような話だ。
でもこれが本当かどうかなんて、葉月一人では見当がつかない。とりあえず、まずはネットで調べてみよう。
☆
最初は警戒していた葉月だったが、翔と言う無邪気で純粋な人柄に触れていくうち、徐々に警戒心が和らいでいった。
今ではもう弟のような存在だ。
葉月にはそんな翔に対して一つだけ疑問に思うことがあった。それは、翔が葉月と友達になりたがった理由についてだ。
一時は自分のことが本気で好きなのではないかと思った。しかし考えれば考えるだけ無駄な気がして、葉月は途中で考えるのをやめた。
これまで翔から一体どんなことを言われるのだろうと、内心胸を高鳴らせていたわけだが、まさかあんな冗談を言われるとは思いもしなかった。
本当にがっかりとしか言いようがない。
「翔、いきなりそんな冗談を言われても困るんだけど」
葉月は頼んでいたオレンジジュースを一口飲んだ。
「まあ、こうなるとは思ってましたよ」
翔はどうしようもないとでも言うような顔をして、すでに食べ終えて空になった皿を眺めている。
「でも、今が言うタイミングだと思ったんです。俺は本気だし、冗談のつもりで言ったわけじゃない」
冗談ではないと翔は言うが、そんなのは無理がある。いつまでこの芝居は続くのか。葉月は内心呆れるばかりだった。
「あのさ、私真剣に悩んでるの。自分の父親が不倫した場面を目の当たりにして、四年も口を利いてなくて、夢にまで見てうなされる。それを翔になら話してもいいかなと思って話したのに、こんなのってひどいよ」
葉月は馬鹿にされているような気持ちになって悲しくなった。
ただ話を聞いてくれるだけでよかったのだ。
冗談を言って笑わせようとしてくれなくても、頷いて話を聞いてくれさえすれば、少しは心が晴れるだろうと思っていたから。
「いや、本当にこれが俺の言いたかったことです。無理に信じてほしいなんて言わないですけど」
翔は至って真剣に話している。
そんな翔の様子を見て、もしかすると、これは本当に芝居ではないんじゃないかと葉月は思うようになってきた。
「本気で言ってるの?」
「はい」
「じゃあ、本当に翔がハルの生まれ変わりだって言うのなら、なにか証拠がほしい。それが本当なら、信じようって言う気持ちにもなるし」
「わかりました。じゃあ俺、これからハルだった時の昔の話します」
翔は改まって座り直した。
「俺らが住んでいた家、今の葉月さんの実家は、山梨県の甲府にあって、一戸建ての四LDK。俺はいつもリビングでゲージの中に入って寝ていました。三人家族と俺一匹で住んでいて、誰かが誕生日の時は必ず犬用のケーキも用意してくれて、皆でケーキを食べてお祝いして……」
「ちょ、ちょっと待って。ごめん。その実家の情報って、もしかして私のSNS見た? その他の情報も取って付けたような感じだし。他に何か具体的なエピソードとかはないの?」
葉月がまだ信用していないことを伝えても、翔は焦ることなく話し始めた。
「いいですよ。じゃあこの話にしよう。昔、家族でよく軽井沢や伊豆に旅行に行きましたよね。俺も連れて行ってもらって。これは軽井沢に旅行に行った時の話なんですけど、俺と葉月さんだけ迷子になったこと覚えてますか?」
「うーん……」
葉月は思い出せずにいたが、翔は話を続けた。
「周りに誰もいなくて、葉月さんは大泣きをしたんですよ。それで俺が何とか葉月さんを慰めて、人がいる場所まで連れて行って、お父さんとお母さんに会えてから、ようやく泣き止んだんです」
「……そんなことあったっけ?」
中々思い出せない葉月だったが、めげずに翔は「それなら、葉月さんがマムシに襲われそうになっているところを俺が助けに行ったことは覚えてます? その後、変わりに俺がマムシに噛まれて、俺の頬がパンパンに腫れたんですよ」と話した。
「あったような、ないような」
そんなことあっただろうか。
自分から証拠を話せと言ったのに、実際に話されるといまいちピンとこなかった。
当の本人がその時の記憶を忘れていては検証にもならない。葉月は自分の記憶力のなさに落胆した。
「逆に葉月さんが覚えてることって何ですか?」
「私が覚えてることって言ったら、怖い映画を見た後にハルと一緒に寝たこととか、親と喧嘩した時にハルと家出したことくらいかな」
翔に話しながら自分の犬使いの荒さに気づいて、葉月は反省した。
そんなことしか覚えていない自分が情けない。
「ああ、そう言えばそんなこともありましたよね。よかった。俺がハルだった時のこと、何も覚えてくれてないのかと思って焦りましたよ」翔が安心したように言った。
演技なのか何なのかよくわからない翔の発言に、葉月は困惑するばかりだった。
そんな葉月を察してか翔がすぐにまた口を開く。
「やっぱり、いきなりこんなこと言われて困りますよね。もしかしたら信じてもらえるんじゃないかなって、少しは期待したんですけど、結果的に葉月さんを困らせることになって何か申し訳ないです」
そう言う翔に対し、葉月は何と答えればいいかわからなかった。
翔がハルの生まれ変わり、なんて夢みたいな話が現実にあるわけない。
それにもかかわらず、翔はあたかも本当にある話のような態度と口ぶりで話をしてくる。
翔の言っていることを決して信じたくないわけではなかったが、その話を受け入れるほどの気持ちの余裕が今の葉月にはなかった。
「そう言えばさっき、私が実家に帰っていないことを知ってるって言ってたけど、それって何で?」
「それは、前世の時の家がどうなってるか気になったから、二年くらい前から実際に何度か東京から山梨にある家の様子を見に行ったんですよ。正月に行ったから、きっと家族全員揃って、楽しそうにしてるんだろうなって思ってたら、実際そうじゃなくて。そこにはお父さんとお母さんだけしかいなかった。他にもゴールデンウィークやお盆にも行ったんですけど、葉月さん一向に帰って来る様子なかったから、これはさすがにおかしいなって思って。だからですよ」
まさか翔がそんなことをしているとは思ってもみなかったため、葉月は呆気にとられた。
「何よりお父さんが寂しそうだったんで、これは家族に何かあったなって思いましたね」
父が寂しそうだった。それを聞いて葉月は胸が痛くなった。悪いのは不倫をしている父なのに、寂しそうなんて話を聞いて、同時に腹が立った。葉月は怒りを閉じ込めるように、自分の膝を力強く手で握った。
「って言うか、普通に実家に行ったって言っちゃってるけど、それが本当なら、私まだ信じてないから、このままだと翔のことストーカーだと思っちゃうけどいいの?」
「えー。それは勘弁してもらえないですか?」翔は苦虫を噛み潰したような顔をして葉月を見る。
「とにかく、急にこんなこと言われても信じられないよ。少し考えさせてほしい」葉月は頭を抱えながら言った。
翔がハルの生まれ変わり。
まるで夢物語のような話だ。
でもこれが本当かどうかなんて、葉月一人では見当がつかない。とりあえず、まずはネットで調べてみよう。
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