昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
仕事中、葉月はふと、隣の席に座っている朱里を見た。
朱里は荒々しくキーボードを打っていた。モニターを見る目はまるで睨みつけているかのように鋭い。
「朱里さん、どうしたんですか? 怒ってます?」
「わかる?」朱里は眉間に皺を寄せながら言った。
「態度と顔に怒りがもろに出てますよ。何かあったんですか?」
「彼氏と喧嘩した」
葉月は「えっ」と驚いてから、この前まであんなにご機嫌で彼氏のことを話していたのに、一体どうしたのかと訝しげに思った。
「何かあったんですか?」
「そう言うわけじゃないけど」
朱里のキーボードを打つ手が急に止まった。
何か訳がありそうだと思った葉月は、早速、朱里に彼氏との喧嘩の理由を訊いた。
「私の彼氏、タケルって言うんだけど、タケルは浮気とかしないよね? って、つい訊いちゃったんだよね。そしたらタケルが、するわけねーだろって言ったんだけど、それでも私がしつこく訊くもんだから、喧嘩になっちゃって━━」朱里は下を向きながら悲しそうに話した。
葉月はそんな朱里に対し、うんうんと頷きながら聞いた。
「自分でも重い女だなとは思ったんだけど、あいつのこと思い出したら、つい怖くなったんだよね」
「そうだったんですね」
あいつと言うのは月野のことだ。
朱里は月野に浮気をされて別れたことがトラウマになっている。
こんなに月日が経っても、忘れられない嫌な思い出として、朱里の脳裏に未だ残り続けている。
それがどんなことか、相手は違えども葉月にはわかった。
「ねえ、葉月はどこからが浮気だと思う?」朱里が唐突に葉月に尋ねた。
「えー。どこからって言われても━━」
考えていると、ふと父と莉乃の光景を思い出した。
「キスからじゃないですか?」
「キスか、キスなのか。甘いな、葉月。私は思うんだけど、私に内緒で二人だけで会うことからが浮気の始まりだと思う」
「二人で会っただけで浮気なんですか?」葉月は驚きながら訊いた。
「そうだよ。私はね」
そう言う考えもあるのか、と葉月は感心した。
「でも、まだ付き合ったばかりじゃないですか。心配する気持ちもわかりますけど、相手を信じて、前向きに付き合っていったらどうですか? 『考えても時間の無駄だよ。そんなこと気にしないでさ、今まで通り過ごしとけばいいんだよ。何かあったらその時考えれば』って、誰かさんも言ってましたよ」
「それもそうかもしれないね。ところでその誰かさんって誰?」
「それはちょっと言えないんですけど……そうです。気にしないことが一番ですよ」葉月は明るく朱里に言い放った。
「葉月もたまにはいいこと言うね」悪戯っぽい笑みを浮かべて朱里が言った。
「たまには、は余計ですよ」
「ごめんごめん。何か話してたら怒りが落ち着いてきたかも。葉月ありがとね。さて、こんなことさっさと忘れて仕事仕事」
朱里はそれから自分の世界に入りきったように集中して仕事を始めた。
これ以上は何も言ってはいけないと思い、葉月も自分の仕事に集中する。
しばらく仕事に打ち込んでいると、葉月の近くに月野がやってきた。
噂をすれば影がさすとはこのことか。
「長谷川、得意先にこの書類FAXで送っといて」
「あ、はい」
「それくらい自分でやれば?」朱里が横槍を入れた。
「は?」
「え、私なにか言った?」朱里はそう言うと月野を見た。
朱里と月野の間にはバチバチとした見えない電気が走っているようだった。
葉月はそんな朱里と月野から離れるように、少し遠くからその光景を見る。
「まあとにかく、頼んだわ長谷川」そう言うと月野はオフィスの外に出ていった。
朱里は月野がどこかへ行くと、殺気が漂ったオーラを消し、いつもの仕事モードに戻った。
「葉月ごめん。頼みたい仕事があるんだけど、FAXは私が送っておくから、この書類発送して来てくれない?」
「わかりました」
「お願いね」
葉月は書類を鞄の中に入れ、席を立ってエレベーターへと向かった。
すると、先程オフィスから出て行った月野がエレベーター待ちをしていた。
「何? 長谷川もどっか行くの?」
葉月の存在に気づいた月野は、すぐに葉月に話しかけてきた。
「朱里さんに用事を頼まれたんです」
「ふーん。そう言えばお前さ、この前俺のこと見損なったって言ってたけど、あれ何で?」
「そのことなら、私はまだ月野さんのこと、見損なったままですからね」
「だから、何で?」中々理由を言わない葉月に、月野は苛立ちながら言った。
そこでエレベーターが到着し、葉月と月野はエレベーターに乗り込んだ。
他にエレベーターに乗っている人はいなかったため、葉月は月野に理由を言うことにした。
「朱里さんから聞いたんです。月野さんと朱里さんが付き合ってたこと」
「ああ……。それで何で俺のこと見損なうんだよ」
「月野さん、朱里さんにあんなことしておいて、よくそんなこと平気で言えますね」葉月は軽蔑した眼差しで月野を見た。
「何だよ、あんなことって。俺別に何もしてねーよ」
「しらばっくれるんですね」
「だから、俺はあいつに何かした覚えはない。逆に何かあるなら教えてほしいくらいだわ」
月野はあくまでもシラを切るようだ。往生際が悪い。
「そこまで言うなら私から言いますけど。月野さん、朱里さんと付き合ってる時に浮気したらしいですね」
「浮気? あいつそんなこと言ってたの?」
月野がそう言うと、エレベーターは一番下の階に到着し、下で待っていた人たちが月野の発言に驚いたような顔をしていた。
それを見て月野が誤魔化すように咳き込んだ。葉月と月野はすぐにエレベーターから降り、エントランスまで歩いた。
「言ってましたよ」
「俺そんなことしてねーよ」
「でも別れる時、それが原因だったって朱里さんが━━」
「違う。俺は佐藤から一方的に言われたんだよ。家に帰ったら置手紙がテーブルの上に置いてあって、『別れましょう。私はもうあなたを信じられません。さようなら』って。それが何の前触れもなかったからびっくりするよな」
歩きながら静かに葉月は月野の話を聞いていた。
月野はそんな葉月を一瞥すると、話を続けた。
「佐藤は家を出て行って直接は話せなかったから、電話とかラインとかしたけど、着信拒否とかブロックとかされて連絡がとれなかった。でも会社に行ったら会えるから、必死で別れる理由を聞いたけど、仕事の話以外は知らん振りだった。まあ最近は雑談くらいは少し話すようになったけど、別れた理由は相変わらず教えないし、会う度に口喧嘩するような仲だよ。あの時は何であいつが別れを切り出したのか、さっぱりわからなかったけど━━そうか、俺が浮気してると誤解してたんだな」
歩みを止めた月野は何かを考えるように腕を組んだ。隣にいた葉月も、月野に合わせて歩みを止めて月野を見た。
「本当に浮気してないんですか?」
「俺がそんな男に見える?」
「見えなくもないですけど」
「バカ」
月野は人差し指を葉月の額に押し当てた。葉月はそれで体勢が少し崩れた。
「冗談ですよ」葉月はよろめきながら言った。
そんな葉月を見ながら月野は再び話を続けた。
「これは本当だよ。もし何か証拠を見せろって言われたら、携帯の履歴とか全部見せれるし。俺が浮気してるって、何を根拠に言ったのか分からないけど、俺は本当にやってない」月野はそう言うと再び歩き出し、自動ドアを通って会社の外に出た。
葉月も月野に続いて会社の外に出た。
すると、眩しいほどの太陽が月野と葉月を包み込む。葉月は太陽を遮るために掌で顔を隠した。
「わあ、眩しい」
葉月が掌の隙間から月野を見ると、真剣な顔で遠くを見据えていた。
どうやら月野は嘘を言っているようには見えなかった。それに朱里との事情を話していた時の声のトーンも落ち着いていた。
もしかしたら本当に、月野は浮気をしていないのかもしれない。でも、本当のところはまだ謎に包まれたままだ。
朱里が一体何を見て、月野が浮気をしていると言ったのか知りはしないものの、月野の様子を見て葉月は何気なくそう思ったのだった。
☆
朱里は荒々しくキーボードを打っていた。モニターを見る目はまるで睨みつけているかのように鋭い。
「朱里さん、どうしたんですか? 怒ってます?」
「わかる?」朱里は眉間に皺を寄せながら言った。
「態度と顔に怒りがもろに出てますよ。何かあったんですか?」
「彼氏と喧嘩した」
葉月は「えっ」と驚いてから、この前まであんなにご機嫌で彼氏のことを話していたのに、一体どうしたのかと訝しげに思った。
「何かあったんですか?」
「そう言うわけじゃないけど」
朱里のキーボードを打つ手が急に止まった。
何か訳がありそうだと思った葉月は、早速、朱里に彼氏との喧嘩の理由を訊いた。
「私の彼氏、タケルって言うんだけど、タケルは浮気とかしないよね? って、つい訊いちゃったんだよね。そしたらタケルが、するわけねーだろって言ったんだけど、それでも私がしつこく訊くもんだから、喧嘩になっちゃって━━」朱里は下を向きながら悲しそうに話した。
葉月はそんな朱里に対し、うんうんと頷きながら聞いた。
「自分でも重い女だなとは思ったんだけど、あいつのこと思い出したら、つい怖くなったんだよね」
「そうだったんですね」
あいつと言うのは月野のことだ。
朱里は月野に浮気をされて別れたことがトラウマになっている。
こんなに月日が経っても、忘れられない嫌な思い出として、朱里の脳裏に未だ残り続けている。
それがどんなことか、相手は違えども葉月にはわかった。
「ねえ、葉月はどこからが浮気だと思う?」朱里が唐突に葉月に尋ねた。
「えー。どこからって言われても━━」
考えていると、ふと父と莉乃の光景を思い出した。
「キスからじゃないですか?」
「キスか、キスなのか。甘いな、葉月。私は思うんだけど、私に内緒で二人だけで会うことからが浮気の始まりだと思う」
「二人で会っただけで浮気なんですか?」葉月は驚きながら訊いた。
「そうだよ。私はね」
そう言う考えもあるのか、と葉月は感心した。
「でも、まだ付き合ったばかりじゃないですか。心配する気持ちもわかりますけど、相手を信じて、前向きに付き合っていったらどうですか? 『考えても時間の無駄だよ。そんなこと気にしないでさ、今まで通り過ごしとけばいいんだよ。何かあったらその時考えれば』って、誰かさんも言ってましたよ」
「それもそうかもしれないね。ところでその誰かさんって誰?」
「それはちょっと言えないんですけど……そうです。気にしないことが一番ですよ」葉月は明るく朱里に言い放った。
「葉月もたまにはいいこと言うね」悪戯っぽい笑みを浮かべて朱里が言った。
「たまには、は余計ですよ」
「ごめんごめん。何か話してたら怒りが落ち着いてきたかも。葉月ありがとね。さて、こんなことさっさと忘れて仕事仕事」
朱里はそれから自分の世界に入りきったように集中して仕事を始めた。
これ以上は何も言ってはいけないと思い、葉月も自分の仕事に集中する。
しばらく仕事に打ち込んでいると、葉月の近くに月野がやってきた。
噂をすれば影がさすとはこのことか。
「長谷川、得意先にこの書類FAXで送っといて」
「あ、はい」
「それくらい自分でやれば?」朱里が横槍を入れた。
「は?」
「え、私なにか言った?」朱里はそう言うと月野を見た。
朱里と月野の間にはバチバチとした見えない電気が走っているようだった。
葉月はそんな朱里と月野から離れるように、少し遠くからその光景を見る。
「まあとにかく、頼んだわ長谷川」そう言うと月野はオフィスの外に出ていった。
朱里は月野がどこかへ行くと、殺気が漂ったオーラを消し、いつもの仕事モードに戻った。
「葉月ごめん。頼みたい仕事があるんだけど、FAXは私が送っておくから、この書類発送して来てくれない?」
「わかりました」
「お願いね」
葉月は書類を鞄の中に入れ、席を立ってエレベーターへと向かった。
すると、先程オフィスから出て行った月野がエレベーター待ちをしていた。
「何? 長谷川もどっか行くの?」
葉月の存在に気づいた月野は、すぐに葉月に話しかけてきた。
「朱里さんに用事を頼まれたんです」
「ふーん。そう言えばお前さ、この前俺のこと見損なったって言ってたけど、あれ何で?」
「そのことなら、私はまだ月野さんのこと、見損なったままですからね」
「だから、何で?」中々理由を言わない葉月に、月野は苛立ちながら言った。
そこでエレベーターが到着し、葉月と月野はエレベーターに乗り込んだ。
他にエレベーターに乗っている人はいなかったため、葉月は月野に理由を言うことにした。
「朱里さんから聞いたんです。月野さんと朱里さんが付き合ってたこと」
「ああ……。それで何で俺のこと見損なうんだよ」
「月野さん、朱里さんにあんなことしておいて、よくそんなこと平気で言えますね」葉月は軽蔑した眼差しで月野を見た。
「何だよ、あんなことって。俺別に何もしてねーよ」
「しらばっくれるんですね」
「だから、俺はあいつに何かした覚えはない。逆に何かあるなら教えてほしいくらいだわ」
月野はあくまでもシラを切るようだ。往生際が悪い。
「そこまで言うなら私から言いますけど。月野さん、朱里さんと付き合ってる時に浮気したらしいですね」
「浮気? あいつそんなこと言ってたの?」
月野がそう言うと、エレベーターは一番下の階に到着し、下で待っていた人たちが月野の発言に驚いたような顔をしていた。
それを見て月野が誤魔化すように咳き込んだ。葉月と月野はすぐにエレベーターから降り、エントランスまで歩いた。
「言ってましたよ」
「俺そんなことしてねーよ」
「でも別れる時、それが原因だったって朱里さんが━━」
「違う。俺は佐藤から一方的に言われたんだよ。家に帰ったら置手紙がテーブルの上に置いてあって、『別れましょう。私はもうあなたを信じられません。さようなら』って。それが何の前触れもなかったからびっくりするよな」
歩きながら静かに葉月は月野の話を聞いていた。
月野はそんな葉月を一瞥すると、話を続けた。
「佐藤は家を出て行って直接は話せなかったから、電話とかラインとかしたけど、着信拒否とかブロックとかされて連絡がとれなかった。でも会社に行ったら会えるから、必死で別れる理由を聞いたけど、仕事の話以外は知らん振りだった。まあ最近は雑談くらいは少し話すようになったけど、別れた理由は相変わらず教えないし、会う度に口喧嘩するような仲だよ。あの時は何であいつが別れを切り出したのか、さっぱりわからなかったけど━━そうか、俺が浮気してると誤解してたんだな」
歩みを止めた月野は何かを考えるように腕を組んだ。隣にいた葉月も、月野に合わせて歩みを止めて月野を見た。
「本当に浮気してないんですか?」
「俺がそんな男に見える?」
「見えなくもないですけど」
「バカ」
月野は人差し指を葉月の額に押し当てた。葉月はそれで体勢が少し崩れた。
「冗談ですよ」葉月はよろめきながら言った。
そんな葉月を見ながら月野は再び話を続けた。
「これは本当だよ。もし何か証拠を見せろって言われたら、携帯の履歴とか全部見せれるし。俺が浮気してるって、何を根拠に言ったのか分からないけど、俺は本当にやってない」月野はそう言うと再び歩き出し、自動ドアを通って会社の外に出た。
葉月も月野に続いて会社の外に出た。
すると、眩しいほどの太陽が月野と葉月を包み込む。葉月は太陽を遮るために掌で顔を隠した。
「わあ、眩しい」
葉月が掌の隙間から月野を見ると、真剣な顔で遠くを見据えていた。
どうやら月野は嘘を言っているようには見えなかった。それに朱里との事情を話していた時の声のトーンも落ち着いていた。
もしかしたら本当に、月野は浮気をしていないのかもしれない。でも、本当のところはまだ謎に包まれたままだ。
朱里が一体何を見て、月野が浮気をしていると言ったのか知りはしないものの、月野の様子を見て葉月は何気なくそう思ったのだった。
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