昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
あれから一週間が経った。

月野と話そうと思っていた葉月だったが、出張や休日で会えず、中々話をすることができない。

今すぐ話さなければならないわけではないが、葉月は何だかもどかしさを感じていた。

 月野と朱里に昔何があったのか真実が知りたい。知って、自分も前に進みたい。

そして翔と山梨に行ってあの人と話す。葉月はそう心に決めた。

 仕事が終わった夕方、翔とご飯を食べるために葉月は新宿駅に来ていた。待ち合わせをしていた時間に十分ほど遅れた葉月は、焦りながら翔の姿を探した。

「葉月さん、こっちです!」翔が遠くから葉月を呼ぶ。

 葉月は小走りで翔の元へ向かった。

「翔、遅れてごめん」息を切らしながら葉月が言った。

「そんなに待ってないから大丈夫ですよ。でも、葉月さんが遅れて来るなんて珍しいですね」

 葉月が遅れた理由は他でもない、月野を探していたからだった。今日は月野が会社にいると言うことを聞きつけ、仕事が終わり次第、時間に余裕を持って月野と会って話そうと思ったのだが、結局タイミング悪く会うことができなかった。

「本当ごめんね。今日はご飯奢らせて」

「別に気にしなくていいのに。でも奢ってくれるなら素直に甘えちゃお」

「ハハ。そこは素直に甘えるんだ」

 改めて翔を見ると、制服姿はいつ見ても新鮮だった。一言で表すとしたら、キラキラしたイケメン男子高校生と言う感じだ。

(眩しい……)

葉月は普段、会社でスーツを着た男しか見ていないため、翔を見る度にそう思った。

「じゃあ行こっか」

「はい」

葉月と翔がその場から離れようとすると、「あれ、翔くん?」と誰かが翔の名前を呼んだ。

 声がした方を見ると、翔と同じ学校の制服を着た、見知らぬ女の子が立っていた。

 翔がその女の子と目を合わすと、「やっぱりそうだ」とその女の子は言った。

女の子は葉月と翔がいる場所まで駆け寄った。

「蓮見」翔が言った。

「知り合い?」葉月が翔に訊いた。

「はい」

「翔くん、こんなところで会うなんて偶然だね。あれ? 翔くんってお姉さんいたの?」蓮見と言う女の子は葉月を見て言った。

「いや、この人は……親戚だよ」

 翔は面倒なことにならないよう咄嗟に誤魔化したようだ。

「へえ」

 蓮見はまるで疑っているかのように目を細めながら葉月と翔を見た。

「こんなところで会うなんて偶然だね」

「そうだな。あ、葉月さん、こいつは同じクラスにいる友達の蓮見です」

 蓮見と葉月はお互いに挨拶をした。

「蓮見、今日授業中居眠りして先生に怒られてたろ。俺お前の後ろの席にいるから、寝てるとこバレバレだったぞ」

「もう、今そんなこと言わないでよ。恥ずかしいじゃん」

 翔と蓮見は仲良さそうに笑いながら話をしている。

 翔も普通の高校生なんだな。前までは大人びていると思っていたけど、こうして見ると、やはり周りの高校生とそこまで変わらないように見える。

「じゃ、翔くん、たまには私ともご飯行ってね。バイバイ」蓮見はそれだけ言うと改札の方まで歩いて行った。

「可愛い女の子だね」

「そうですか?」

 翔はそうでもない、と言うような顔をしている。

「腹減りましたね。早く食べに行きましょう」

「うん」

 葉月と翔は歩き始めた。

「翔、私決めたんだ。月野さんたちの問題が解決したら、自分もあの人と話をしようって」

「月野さんって、前に葉月さんが言ってた職場の人のことですよね? 浮気をしたことが誤解かもしれないって言う……」

「そう、タイミングさえ合えば月野さんと朱里さんに、昔何があったのか詳しく聞こうと思ってるけど、今は月野さんが忙しくてまだ会えてないんだよね」

「なるほど。じゃあその問題、早く解決させたいですね。じゃないと葉月さん、問題が解決するまで永遠にお父さんに会う気なさそうだし。全ては月野さんに責任がかかってる」翔は真面目な顔で言った。

「そんな大げさな」

「大げさにもなりますよ。その問題が長引けば長引くほど、山梨に行く時期も遠くなるんだから。また結果がわかったら、俺に教えて下さい」

「うん」

 月野の浮気疑惑の真実を知って、葉月が前に進むきっかけが欲しいのはもちろんのことだったが、月野と朱里のぎくしゃくした関係をどうにかしたいと言うのも本音だった。

 どうなるかはわからないけど、やれるだけのことはやってみよう。

「翔、昔みたいにお店まで競争しない?」

「え? 突然何言ってるんですか」

 翔は口を開けながら葉月を見て驚いている。

「いいじゃん、何か急に走りたくなったから。翔が負けたら今日の奢りはなしね」

「ずるっ。そんなのありですか?」

「じゃあ行くよ、レディ、ゴー」翔の返事を待たずに葉月はスタートの合図をした。

 その途端、葉月は人通りの少ない大きな歩道を思い切り走った。翔も葉月を追いかけるように走る。

 走っている時の顔は、葉月も翔も昔のように無邪気で楽しそうに輝いていた。

 ☆
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