昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
会社の外に出ると、出入口から少し離れた場所に噂の女の子が壁際に背中をつけて立っていた。

彼女はスマートフォンに視線を落としている。誰かを待っている様子だ。

翔に出会った時と同じシチュエーションを前に、葉月は困惑しながら横を通ると、すぐに彼女がこちらを見た。

葉月と彼女は目が合ったまま、お互いに動きを止めた。

(この子、どこかで見たことある)

 必死で記憶を探ると、葉月はハッとした。

「……蓮見ちゃん?」

「そうです。覚えててくれたんですね」

「びっくりした。どうしてここにいるの?」

「ちょっと葉月さんにお願いしたいことがあって来ました」

「お願い?」葉月は怪訝そうに訊いた。

 わざわざ葉月の会社まで来て、一体何をお願いしに来たのだろう。

そもそも葉月の会社を知っていることが驚きだ。翔のようにSNSで探ったのだろうか。

葉月は頭の中で色々な考えを巡らせた。

「はい。今後は翔くんと会うことをやめてほしいんです。言い方悪いですけど、もう翔くんを誑かすのはやめてください」

「誑かす?」葉月は眉を歪ませながら言った。

 何をどうしたら翔を誑かすと言う話になるのか、葉月は深く疑問を抱いた。

 冗談であってほしいと葉月は願った。

しかし蓮見の顔は真剣そのものだったため、とても冗談には思えない。

「翔から何か聞いたの?」

「違います。最近、翔くんは私が話しかけてもずっと元気がないんです。前だったら明るく返事してくれてたのに。でも、ある日それが突然なくなった。それで私何でだろうって考えてたら、原因は葉月さんしか思いつかなかったんです」

「私が原因?」

 翔がそんな状態だったなんて知らなかった。

 でも、今のところ何も思い当たる節はないし、自分が原因だと決めつけられても困る。

 葉月は蓮見から理由をきちんと訊くことにした。

「そうです。翔くんは今まで、葉月さんのことを私に話してくれたことは、一度もありませんでした。でも、この前偶然会ってわかったんです。きっと翔くんは葉月さんに片思いしてるんだってことが」

「ええ?」葉月は蓮見の言っていることに拍子抜けして変な声が出た。

 葉月も一時期思ったことがあった。でも結局、曖昧なままにされている。

翔の本来の目的は、自分と父を仲直りさせることのはずだ。自分と付き合うためではない。だから、片思いが原因で翔の元気がないなんてことは、おそらくないと思うんだけど。

 しかし翔の前世の話を蓮見にしても信じるはずもないため、迂闊に言うことはできない。

葉月が何も言うことができないでいると、蓮見は続けて話した。

「だから付き合う気もないのに、これ以上翔くんを誑かすのはやめてください。もう翔くんを傷つけないであげてください」

 蓮見は翔のことが好きなのだろうか。そうでなければここまでしないだろう。

 葉月はまず誤解を解こうと考えた。

「あのね、蓮見ちゃん。翔とは親戚って前に話したよね? だから、翔は私のことそんな風に思ってないと思うよ」

「そんなの嘘です。馬鹿にしないで下さい。親戚が二人だけで会うなんて、普通ないじゃないですか。それに男女ですよ。私そんな嘘に引っかかるような女じゃないですから」

自信満々な蓮見の態度に葉月は困惑した。

 でも蓮見の言う通りだ。翔とはもちろん親戚ではない。あの時は上手く誤魔化せたかと思ったけど、甘かった。蓮見は既に嘘だと見抜いていたらしい。

 蓮見にはもう下手なことは言えないことがわかり、葉月はどうやってこの場を切り抜けようかと考えた。

「葉月さん、聞いてます?」葉月がしばらく何も言わないでいると、蓮見が葉月の顔を見ながら訊いた。

「ごめん、蓮見ちゃん。私翔と会うことをやめることはできないんだ。蓮見ちゃんの言う通り、翔と私は親戚じゃない。もちろん恋人でもない。でもちゃんとした大切な友達なの。誑かそうとなんかしてないよ。だから信じてほしい。翔を傷つけたりしないってこと」

「友達……? それ本当ですか?」

 蓮見は怪訝そうな顔をした。

「うん。本当だよ」

 少し考えるような素振りを見せ、蓮見はしばらく何も話さなくなった。

「蓮見ちゃん?」

 葉月が呼ぶと、蓮見はようやく考えがまとまったように口を開いた。

「どちらにせよ、翔くんは葉月さんのことを本気で好きだと思うんです。だからどの道、葉月さんは翔くんのこと誑かしてることになると思います。付き合う気がないなら、その責任をとって、翔くんとはもう会わないでください」

 葉月は蓮見の気迫に押されていた。

まさかここまで言われるとは思いもしなかった。

「じゃあ、もう忠告はしたので帰ります。言っておきますけど、私も翔くんのこと大切な友達だと思っているので、そこのところよろしくお願いします」

 そう言うと、蓮見はどこかへ駆け足で行ってしまった。

 葉月は、まるで嵐が過ぎ去っていくようだと思いながら、遠ざかる蓮見を見ていた。

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