昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
この日、葉月はいつものようにベランダにいた。

いつもは月野に自分の悩みを相談に乗ってもらうのがお決まりだが、今日は違う。月野と朱里について話すために来たのだ。

 ここのところすれ違い続きだったため、月野が来るかどうか不安になりながら待った。

 すると、誰かに肩を叩かれ、後ろを振り向くと頬に指を突かれた。

「引っかかったー」

「月野さん……」葉月は頬に指を突かれたままの状態で呆れながら言った。

 後ろにいた月野は葉月から指を離すと、缶コーヒーを片手にそのまま葉月の隣に移動した。

「もう、子供みたいなことするのやめてくださいよ」

「別にいいじゃん。面白いし」月野は悪びれる様子もなく言った。

 葉月はこんな上司を尊敬している早坂が気の毒に思えてきた。

「あ、そう言えばこれ渡し忘れてたわ」そう言うと月野は、葉月に小さな紙袋を渡してきた。

「え? 何ですかこれ。もしかしてお土産?」

「おう。俺この前大阪に出張行ってただろ? だからやるよ」

「えー! びっくりした。今中身を見てもいいですか?」

 月野が頷くと、葉月は紙袋を開けた。そして中身を取り出すと、たこ焼きの形をしたストラップが出てきた。

「わあ、可愛い」

「だろ? 早坂にも同じのあげたら、早速パスケースにつけてたよ」

「そうなんですね。嬉しい。ありがとうございます」葉月がそう言うと、月野は満更でもなさそうな顔をしていた。

 朱里にはお土産を渡したのだろうか。

 今は会っても喧嘩をするような仲だし、朱里のお土産自体を買っていないのかもしれない。

 そう気にはなったものの、月野には言わなかった。

「大阪はどうだったんですか?」

「どうもこうもないよ。今回が初めてじゃないし、仕事で行ってるから。でも夕飯に食べた串カツが美味かった。あ、あと、泊まったホテルの受付のお姉さんがめっちゃ可愛かった」

「ホテルのお姉さんの情報は興味ないんですけど」葉月はしらけた顔で言った。

「じゃあイケメンの情報にしとく?」

「それなら聞きたい」

「バカ」

 葉月と月野は笑い合った。

「そう言えば、長谷川がここにいるってことは、また何か悩みがあるんじゃないの?」

「悩みと言うか、実はずっと月野さんと話したいことがあって」

「話したいこと?」月野は怪訝そうに訊いた。

「朱里さんのことです」

「佐藤のこと? 何で?」

「月野さんと朱里さんを仲直りさせるためです」

「ああ━━」

 朱里と仲直りする気がないのか、はたまた仲直りできる自信がないのか、月野は乗り気ではないように見える。

「月野さん、改めて聞きます。本当に浮気してないんですね?」葉月は月野に詰め寄って訊いた。

月野は葉月の迫力に少し圧倒されながら顔を遠ざけた。

「だから、俺は浮気してないって言ったろ? あいつが勝手に誤解してるだけなんだよ」

 疑いの眼差しを葉月は月野に向けた。

「本当ですか?」

「本当だよ」

「じゃあ、聞きます。月野さんは、朱里さんが有給休暇を取って友達と旅行に行っていた時、誰と何してたんですか?」

「あいつが旅行行ってた時? ちょっと待って、思い出すわ」

「はい」

 月野は記憶の糸を手繰っているようだった。

「えーっと……そうだ! 思い出した。その時は梓と一緒に買い物してた」

「梓さんと?」

 どうして亡くなったはずの妹、梓と一緒にいたのだろう。

「そう。まだ梓が生きてる時に、あか……じゃなかった佐藤が旅行に行ってて家にいないから泊まりに来たんだよ」

 月野と朱里が別れたのが半年前、梓が亡くなったのも半年前、梓が亡くなる前と言うことなら食い違ってはなさそうだ。

「何で朱里さんがいないからって、梓さんがわざわざ兄妹の家に泊まりに来るんですか?」

「それは、梓も俺らと同じように、当時付き合ってた彼氏と同棲してたんだよ。でもその日彼氏と喧嘩したって言ってたから、それが理由だよ」

「朱里さんは、月野さんが見知らぬ若い女と、楽しそうに腕を組んで歩いてたって言ってましたよ」

「だから、それは俺と梓だよ。あいつは梓に会ったことなかったし、顔も知らないから、一緒にいるところを見られたら、勘違いされてもおかしくないかもしれないな」月野は淡々と葉月に話した。

 月野が言っていることは本当だろうか。

 亡くなってしまった梓にはもう会うことはできないし、今月野が嘘をついても、確かめようがない。

「その日梓さんに会ったって言う証拠はあるんですか?」

「それはないけど━━」

「ないなら嘘ついててもわからないじゃないですか」

「うーん」

困ったような顔で月野は悩む素振りをした。

しかしその直後、突然何かを思いついたのか、「いや、待てよ」と月野は言った。

葉月は頭の上に疑問符を浮かべた。

「あるわ。梓の元彼だよ。梓の元彼に確かめて本当だったら、さすがに信じるよな?」

「梓さんの元彼が言うなら、それはもちろん信じますけど」

「じゃあ今から電話するから、ちゃんと聞いとけよ」そう言うと月野は早速、梓の元彼に電話をかけ始めた。

この電話が証拠となるように、月野は会話の内容を葉月に聞かせるため、スピーカーに切り替えた。

「はい」

梓の元彼が電話に出た。

「久しぶり。いきなり電話してごめんな。あれからどうよ?」

 話は梓の元彼の近況報告から始まった。

 葉月はその話をしばらく聞いていると、電話越しから元彼がまだ梓のことを引きずっているように感じられた。

しかし前向きな言葉も聞こえたため、元彼なりに少しずつ前に進んでいるのかもしれない。

「なんとか元気にやってるんだな。それなら少し安心したよ。ところでちょっと聞きたいんだけど、梓が亡くなる少し前に、俺の家に梓だけ泊まりに来たことあったよね? その時のことって覚えてる?」

 近況報告もそこそこに終え、月野は話をそれとなく本題に移行させたようだ。

「それって、俺と梓が喧嘩した時の話ですよね? 覚えてますよ。慶さんから、今日は俺の家に梓泊めるから心配しなくていいよって連絡くれたんですよね」

「うん。そうそう。よく覚えてるね」

「もちろんですよ。慶さんには迷惑をかけてしまったし、忘れるはずないです。彼女さんと同棲してるのに大丈夫なんですか? って訊いたら、あいつ旅行行ってて今家にいないから大丈夫だよ、みたいに言ってくれて、あの時は俺たちのことで申し訳なかったなって思ってます」スピーカーから聞こえる元彼の声は本当に済まなさそうだ。

「ああ、いや、別にいいんだよ。梓が勝手に俺ん家に押しかけて来ただけだから。でもあの時の梓ときたら、俺にすげえ喧嘩の愚痴言って来たから、大変だったけどな」月野は冗談めかして元彼に言った。

「ハハ。すみません、笑っちゃいけないですね。ところでそれがどうかしたんですか?」

「何でもない。何か懐かしくなって言ってみた。ごめん、忙しい時に電話して。暇な時また飲みにでも行こ」

「大丈夫ですよ。はい。また連絡しますね」

「はーい」月野はそう言うと梓の元彼との電話を切った。

「━━本当だったんですね」電話の一部始終を聞いていた葉月が言った。

「そうだよ。これでもう信じたよな?」

「はい。月野さん、疑ってすみませんでした」

 葉月は月野に頭を下げて謝った。

「わかれば別にいいんだよ」

 葉月は頭を上げると、「じゃあこの問題は結局、朱里さんの勘違いってことですよね」と言った。

「そう言うことになるな」

「だったら、私と一緒に朱里さんの誤解を解きませんか? 私はもう梓さんの元彼の証言を聞いてるから、ちゃんと説明したらわかってくれると思いますよ」

「それは、まあ、そうだと思うけど」

なぜか返事をしぶる月野を葉月は訝しんで見た。

「月野さんは朱里さんと仲直りする気がないんですか?」

「いや、あるよ」

「じゃあ、何でそんなに躊躇ってるんですか?」

月野は少し黙った後、「今まであいつ全然人の話聞かなかったんだよな。だから、そう簡単に上手くいくとは思えないんだよ」と伏し目がちに言った。

「私と月野さんの二人で説得すれば大丈夫ですよ。だから朱里さんと話しましょう」葉月がそう言うと、月野は「うーん」と言いながら再び悩む素振りをした。

 なかなか煮え切らない態度の月野に葉月はやきもきさせられた。

「まあ、確かによく考えたら、そうするしか他に方法がないよな。長谷川の言う通りかもしれない。ごめんけど協力して」

 どうやら月野はようやく踏ん切りをつけたようだ。

「私の協力料は高いですよ?」

「いや協力料ってなんだよ。お前俺の真似すんなよなー」

「この前の仕返しですー」葉月はいたずらっぽく言った。

そんな葉月を見て月野は呆れながら笑っていた。

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