昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
ベランダからオフィスに戻ると、会議に出ているのか少人数の社員しかおらず、その中に朱里の姿はなかった。

 月野はまだベランダにいる。葉月は朱里をオフィスからベランダに呼ぶと月野に言い残し、一人でオフィスに戻って来たのだ。

 仕事が始まるまでまだ時間はある。直に戻るだろうと思い、朱里が戻って来るまで自分の席に座って待っていることにした。

葉月が朱里にどう説得しようか悩んでいると、早坂がやってきた。

「何か今日の長谷川さん、いつもよりやる気に満ちてるね」

「え? そうですか?」

 月野と朱里の関係を改善させることに躍起になっているからだろうか。自分ではわからなかった。

「いいね。俺も長谷川さんを見習って、頑張ろっと」

 早坂はそう言うといつものように優しい笑顔で葉月を見た。

「そうだ。今週の金曜の夜って空いてる?」

「えーっと今週の金曜日は━━」

 葉月は反射的に机上の卓上カレンダーを見た。

「空いてます」

「フレンチトーストの美味しいお店見つけたんだけど、よかったら一緒に行かない?」

「本当ですか? 行きたいです!」フレンチトーストと聞き、葉月は喜んで言った。パンケーキやフレンチトーストと言った甘いものには目がないのだ。

「行こうよ。長谷川さん、前に甘い物好きって言ってたし、一緒に行けたらいいなって思ってたんだよ。だからよかった。じゃあ俺、部長に呼ばれてるから、また連絡するね」早坂はそう言うと、オフィスから出て行った。

 その直後、早坂と入れ替わるように朱里がオフィスに戻ってきた。

「どうしたの? 何かいいことでもあったの?」

 月野がいるベランダに朱里を誘おうとした葉月だったが、先に朱里から話しかけられてしまった。

「どうしてですか?」

「顔がにやけてるよ」

 朱里に言われ、葉月は急いで近くにあった鏡を見て、自分の顔を確認した。

本当に顔がにやけているとわかった葉月は「うわー。恥ずかしい」と言いながら、咄嗟に自分の顔が人に見られないよう両手で顔を覆った。

 フレンチトーストを食べれることが嬉しくて、つい顔がにやけてしまったのかもしれない。もちろん、早坂と言う優しい先輩と一緒に食べれることも嬉しいのだけど。

 朱里は自分の席に座ると、「いいな。私もう駄目かもしれない」と言って机に伏せた。

両手を顔から離すと、「何かあったんですか?」と葉月は心配そうに朱里に訊いた。

「タケルに振られた」

「えっ?」

 急な展開に葉月は驚きを隠せなかった。

朱里にかける言葉が見つからない。こんな時に何と言って朱里を励ましたらいいのか、葉月にはわからなかった。

葉月が戸惑っていると、朱里が机から顔を離して口を開いた。

「私があまりにも浮気を疑うから、そんなに俺のこと信じられないなら、別れようって言われた」

「そうなんですね……」

 朱里は大きな溜め息をつくと、また机に伏せた。

「朱里さん、元気出してください」

 葉月がそう言っても、朱里は相変わらず落ち込んだままだ。

「自分で言うけど、私は浮気を疑う癖以外は、何も悪くない女だと思う。いろいろ努力してるし、むしろいい女の部類だと思うよ。それなのに私、その癖を直せないから、もう今後は恋愛が上手くいくとは思えない」朱里は机に伏せながら自信がなさそうに言った。

「━━私、その癖を直す方法、知ってるかもしれないです」と葉月は言った。

「え?」

 再び机から顔を離し、朱里は驚きながら葉月を見た。

「どうやって? 睡眠療法とか?」

「朱里さんはいやかもしれないですけど、私は月野さんと仲直りすることが、浮気を疑う癖を直す一番いい方法だと思います」

「月野と……?」

朱里は戸惑いの表情を見せた。

「はい」

「何でそう思うの? 悪いのは向こうだよ」

「詳しいことは後です。月野さんは今ベランダにいるので、今から私と一緒に、月野さんのいるベランダに行きませんか?」

 いきなりのことで悩んでいるのか、朱里はすぐには返事をしなかった。

道のりは長かったが、ようやくこの問題の真実を知ることができたのだ。

これで朱里と月野が仲直りしてくれれば、もう何も言うことはない。

しかし、今までろくに月野と会話もしなかった朱里のことだ。断られるのではないかと不安になりながら、葉月は朱里の返事を待った。

「葉月もいてくれるなら━━とりあえずわかった」

葉月が想像していた答えとは違い、タケルに振られた後と言うこともあって、藁にも縋る思いでいるのか、朱里はやけに素直だった。

 朱里と葉月は早速自分の席を立ち、ベランダへと向かった。

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