昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
「月野さーん」ベランダに移動した葉月が月野を呼んだ。葉月の後ろには朱里もいる。
「葉月、やっぱり私無理かも」朱里はまるで告白を直前にいやがり始めた女子高生のように言った。
「朱里さん、ここまで来て何言ってるんですか。あ、いましたよ」
月野を見ると、空になった缶コーヒーを持ちながら、ベランダから見える景色を静かに眺めていた。
後ろから月野に近づくと、「月野さん、朱里さん呼んで来ましたよ」と葉月は言った。
葉月の声で後ろを振り返り、月野は葉月を見た。
「長谷川遅いって。もうすぐ仕事始まるだろ」
「すみません。ちょっと時間かかっちゃいました」
「まあいいけど━━お前、俺が浮気したと思ってるんだろ?」月野は葉月の後ろにいる朱里を見て、単刀直入に言った。
「そうだよ? だって本当のことでしょ?」朱里が不機嫌そうに言った。
「この際はっきり言っておくけど、俺は浮気なんてしてない」月野は語気を荒げた。
「そんなの嘘。私はしっかりとこの目で見たんだよ。月野が知らない女と二人だけで仲良さそうに歩いているところをね」
「だからそれは誤解で━━」月野が続きを言おうとすると、朱里がそれを遮るように、「言い訳なんて聞きたくない!」と叫ぶように言った。
「朱里さん……」葉月が言った。
今まで言えなかった我慢が一気に流れるかのように、朱里は静かに涙を流した。
「辛かったんだよ。あんたのことすごい好きだったから」
泣いている朱里を月野はただ静観している。
「それにあんたのせいで、もう彼氏に振られちゃったし、これからも恋愛が上手くいかなくなったらどうしてくれるのよ……」朱里はそう言うと、涙を両手で拭った。
そんな姿を前にして、見かねた月野は朱里の元にゆっくりと歩み寄った。
「話聞けって」
「やだ。聞きたくない」
「朱里!」
今まで苗字で呼んでいたのに、突然、名前で朱里を呼びながら涙を拭っている朱里の両手を掴み、月野は朱里の顔を近くで真っ直ぐに見た。
そんな月野を朱里は呆然としながら見た。
「何……?」
「あの日朱里が見たのは妹だよ。浮気相手なんかじゃない」
「妹? でも、妹さんは亡くなったって聞いたけど」
気づけばいつの間にか朱里の涙は止まっていた。
月野は朱里の両手を離し、「死んだのは、あれから数日経ってからだよ。お前人の話全然聞かないから、あの時は弁解のしようもなかったけどな」と冷静に言った。
「そんなの嘘でしょ? 証拠は?」
「さっき妹の梓さんの元彼に月野さんが電話して、事実だってことがわかりました。私も一緒にその会話を聞いていたから、嘘じゃないですよ。朱里さん」葉月が言った。
驚きのあまり朱里は声を失っている。
大きな溜め息をついた後、月野は下を向いた。
「え、本当に言ってる?」
「本当です」
勘違いがわかると恥ずかしくなったのか朱里は顔が真っ赤になった。
「そうだったんだ……ごめん。私、そんなことも知らずにずっと誤解してた」
「お前さ、本当に思い込み激しいよな」月野は朱里を見て言った。
「だって、普通あんな場面見たら誰だってそう思うでしょ」
月野と朱里のやり取りを葉月は苦笑しながら見た。
「でも、とりあえず誤解が解けてよかったわ」
「じゃあこれで仲直りってことで、いいですよね?」葉月がそう言うと、月野と朱里は視線を交わした。
すると月野は朱里の前に手を差し伸べた。
「仲直りの握手ってことで」
朱里は恐る恐る手を伸ばし、月野の手を握り握手をした。
半年に渡る朱里と月野の仲違いはここでようやく終末を迎えた。
「あ、そうだ。これやるよ」
月野は朱里に小さな紙袋を渡した。
「え、何これ?」
「大阪の出張土産。まだ朱里に渡してなかったなって思って」
「私ももらいましたよ。たこ焼きのストラップ」
「たこ焼き? ふふ。ありがとう」
朱里はその紙袋を見て、大事そうに両手で優しく握った。
「あのさ、一つ訊いてもいい?」月野が朱里に言った。
「なに?」
「朱里、まだその彼氏のこと好きなの?」
「え? 何でそんなこと訊くの?」朱里は怪訝そうに言った。
「いや、気になったから」
「もう好きじゃないって言ったら嘘になる。だって今日言われたばかりだから。でも、もうよりを戻すつもりはないし、これから頑張って徐々に忘れていくことにする」そう言った朱里の顔は清々しく見えた。
「そっか。わかった」
月野は大きく背伸びをした。
「時間やばいし、そろそろ俺行くわ」月野はそう言うとベランダの扉に向かって歩いて行く。
出て行こうとする月野を見て、「私たちもオフィスに戻ろう」と朱里が葉月に言った。
すると、ベランダから出て行こうとしていた月野が扉の前で止まり、「あ、そうだ。長谷川」と葉月を呼んだ。
「何ですか?」
「長谷川のお陰で仲直りできたよ。ありがとな」月野は葉月を笑顔で見ながらそう言った後、すぐに朱里を見て、「そうだ、朱里! 誤解ってわかったんだから、俺のラインのブロックちゃんと解除しろよ! 後、着信拒否もな!」と言った。
そう言う月野を葉月と朱里は苦笑しながら見た。
月野はそのまま葉月と朱里に向かって挙げた右手を振りながら、ベランダから出て行った。
お礼を言われるほどのことをしたつもりは葉月にはなかったが、日頃お世話になっている月野と朱里の役に立てたなら葉月は本望だった。
「葉月も、お父さんと早く仲直りできるといいね」朱里は微笑みながら葉月を見て言った。
「はい」
これで葉月は父の問題に向き合うために大きく前進できた気がした。
☆
「葉月、やっぱり私無理かも」朱里はまるで告白を直前にいやがり始めた女子高生のように言った。
「朱里さん、ここまで来て何言ってるんですか。あ、いましたよ」
月野を見ると、空になった缶コーヒーを持ちながら、ベランダから見える景色を静かに眺めていた。
後ろから月野に近づくと、「月野さん、朱里さん呼んで来ましたよ」と葉月は言った。
葉月の声で後ろを振り返り、月野は葉月を見た。
「長谷川遅いって。もうすぐ仕事始まるだろ」
「すみません。ちょっと時間かかっちゃいました」
「まあいいけど━━お前、俺が浮気したと思ってるんだろ?」月野は葉月の後ろにいる朱里を見て、単刀直入に言った。
「そうだよ? だって本当のことでしょ?」朱里が不機嫌そうに言った。
「この際はっきり言っておくけど、俺は浮気なんてしてない」月野は語気を荒げた。
「そんなの嘘。私はしっかりとこの目で見たんだよ。月野が知らない女と二人だけで仲良さそうに歩いているところをね」
「だからそれは誤解で━━」月野が続きを言おうとすると、朱里がそれを遮るように、「言い訳なんて聞きたくない!」と叫ぶように言った。
「朱里さん……」葉月が言った。
今まで言えなかった我慢が一気に流れるかのように、朱里は静かに涙を流した。
「辛かったんだよ。あんたのことすごい好きだったから」
泣いている朱里を月野はただ静観している。
「それにあんたのせいで、もう彼氏に振られちゃったし、これからも恋愛が上手くいかなくなったらどうしてくれるのよ……」朱里はそう言うと、涙を両手で拭った。
そんな姿を前にして、見かねた月野は朱里の元にゆっくりと歩み寄った。
「話聞けって」
「やだ。聞きたくない」
「朱里!」
今まで苗字で呼んでいたのに、突然、名前で朱里を呼びながら涙を拭っている朱里の両手を掴み、月野は朱里の顔を近くで真っ直ぐに見た。
そんな月野を朱里は呆然としながら見た。
「何……?」
「あの日朱里が見たのは妹だよ。浮気相手なんかじゃない」
「妹? でも、妹さんは亡くなったって聞いたけど」
気づけばいつの間にか朱里の涙は止まっていた。
月野は朱里の両手を離し、「死んだのは、あれから数日経ってからだよ。お前人の話全然聞かないから、あの時は弁解のしようもなかったけどな」と冷静に言った。
「そんなの嘘でしょ? 証拠は?」
「さっき妹の梓さんの元彼に月野さんが電話して、事実だってことがわかりました。私も一緒にその会話を聞いていたから、嘘じゃないですよ。朱里さん」葉月が言った。
驚きのあまり朱里は声を失っている。
大きな溜め息をついた後、月野は下を向いた。
「え、本当に言ってる?」
「本当です」
勘違いがわかると恥ずかしくなったのか朱里は顔が真っ赤になった。
「そうだったんだ……ごめん。私、そんなことも知らずにずっと誤解してた」
「お前さ、本当に思い込み激しいよな」月野は朱里を見て言った。
「だって、普通あんな場面見たら誰だってそう思うでしょ」
月野と朱里のやり取りを葉月は苦笑しながら見た。
「でも、とりあえず誤解が解けてよかったわ」
「じゃあこれで仲直りってことで、いいですよね?」葉月がそう言うと、月野と朱里は視線を交わした。
すると月野は朱里の前に手を差し伸べた。
「仲直りの握手ってことで」
朱里は恐る恐る手を伸ばし、月野の手を握り握手をした。
半年に渡る朱里と月野の仲違いはここでようやく終末を迎えた。
「あ、そうだ。これやるよ」
月野は朱里に小さな紙袋を渡した。
「え、何これ?」
「大阪の出張土産。まだ朱里に渡してなかったなって思って」
「私ももらいましたよ。たこ焼きのストラップ」
「たこ焼き? ふふ。ありがとう」
朱里はその紙袋を見て、大事そうに両手で優しく握った。
「あのさ、一つ訊いてもいい?」月野が朱里に言った。
「なに?」
「朱里、まだその彼氏のこと好きなの?」
「え? 何でそんなこと訊くの?」朱里は怪訝そうに言った。
「いや、気になったから」
「もう好きじゃないって言ったら嘘になる。だって今日言われたばかりだから。でも、もうよりを戻すつもりはないし、これから頑張って徐々に忘れていくことにする」そう言った朱里の顔は清々しく見えた。
「そっか。わかった」
月野は大きく背伸びをした。
「時間やばいし、そろそろ俺行くわ」月野はそう言うとベランダの扉に向かって歩いて行く。
出て行こうとする月野を見て、「私たちもオフィスに戻ろう」と朱里が葉月に言った。
すると、ベランダから出て行こうとしていた月野が扉の前で止まり、「あ、そうだ。長谷川」と葉月を呼んだ。
「何ですか?」
「長谷川のお陰で仲直りできたよ。ありがとな」月野は葉月を笑顔で見ながらそう言った後、すぐに朱里を見て、「そうだ、朱里! 誤解ってわかったんだから、俺のラインのブロックちゃんと解除しろよ! 後、着信拒否もな!」と言った。
そう言う月野を葉月と朱里は苦笑しながら見た。
月野はそのまま葉月と朱里に向かって挙げた右手を振りながら、ベランダから出て行った。
お礼を言われるほどのことをしたつもりは葉月にはなかったが、日頃お世話になっている月野と朱里の役に立てたなら葉月は本望だった。
「葉月も、お父さんと早く仲直りできるといいね」朱里は微笑みながら葉月を見て言った。
「はい」
これで葉月は父の問題に向き合うために大きく前進できた気がした。
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