昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
家に帰ると、葉月は真っ先にベッドに向かい、倒れるように横になった。

「疲れたー」

 今日はいつもより濃い一日だった。

 ベッドで静止している間、葉月は頭の中で今日の出来事を思い出していた。

月野と朱里が仲直りできて本当によかった。

 誤解が解けたことで、朱里は懸念していた浮気を疑う癖を直すことができたんじゃないかと思う。

 それに、朱里がタケルと別れたことによって、月野とまたよりを戻すこともあるのではないかと思うと、今後が楽しみだ。

 そのままベッドでゆっくりしていると、鞄の中のスマートフォンが震えた。

ベッドから起き上がると、葉月はすぐ側にあった鞄の中から、スマートフォンを取り出した。

 画面を見ると翔からラインが届いていた。

 葉月は一瞬、蓮見のことが脳裏に浮かんだ。

『翔くんとはもう会わないでください』

 蓮見と会ったあの日から、葉月は時々考えさせられる。

 翔は今も元気がないんだろうか。

気になった葉月は翔に電話をかけることにした。

「もしもし? 葉月さん、ライン見ました? また新作のパンケーキが出るらしいですよ。今回は時期的に秋だし、スペシャルスイートポテトパンケーキですよ」

「見たよー。すごい美味しそうだった。それにしても翔って、本当にパンケーキが好きだよね」葉月は呆れながら言った。

「好きに決まってるじゃないですか。俺のパンケーキ愛を嘗めないでください」

「ハハッ。なに、パンケーキ愛って」

 元気がないと聞いていたけど、いつもと変わらないように思える。

だからひとまずは安心と言ったところだ。

「そのままの意味ですよ。そう言えば、葉月さんから電話かけてくるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

「実は、この前蓮見ちゃんが会社に来たんだよね」

「ええ? 蓮見が葉月さんの会社に?」

蓮見のことを言うと、翔の声は途端に大きくなり、電話越しからでも驚いているのがわかった。

「そう。少しびっくりしたけど、私もう翔で慣れてるからかな。そんなに驚かなかった」

「慣れてるって。それより、何のために蓮見は、葉月さんの会社まで行ったんだろう。葉月さん、蓮見から何か聞いてます?」

「もう翔とは会わないでほしいって、蓮見ちゃんに言われたよ」

「えっ、マジですか? 全く、わざわざ葉月さんの会社にまで行って何言ってんだか。他に何か言ってました?」翔は呆れながら言った。

 葉月は蓮見に言われたことをそのまま翔に言おうかどうか迷っていた。

 誑かす、なんて言葉を翔に言うのは少し躊躇われる。

 しかし、ここで嘘をついても仕方がないと思った葉月は、正直に話すことに決めた。

「最近、学校での翔の様子がおかしいのは、私が翔を誑かしてるから、とか何とか言ってたけど……」

葉月が言っていることが信じられないのか、「はあ? 本当にそれ、蓮見が言ってたんですか?」と翔は言った。

「うん。言ってた」

「何か俺の友達が迷惑かけてすみません。何勘違いしてるんだか。蓮見のこと、気にしないでくださいね。蓮見には俺からちゃんと、そうじゃないって否定しておきますから」

翔はそう言っているが、今後も葉月と翔が会うことを蓮見が知れば、例え翔が否定したとしても、よく思わないだろう。

それを考えると葉月は少し気が滅入った。

「原因が違うことはわかってたけどね。でも、何かあるなら話聞かせてよ。学校で元気がないのは何で?」

「大丈夫ですよ。俺別に元気ですから」翔はまるで平気そうに言っている。

 翔の言っていることは本当だろうか。

 無理にそう言っているのではないかと不安に思ったが、鬱陶しがられても困るため、葉月はこれ以上追求することをやめた。

「そっか、わかった。そう言えば、月野さんの浮気疑惑のことだけど、実はあれ誤解だったんだ」

「え? 本当ですか?」翔は嬉しそうな声で言った。

「本当だよ。ちゃんと話し合ったから、誤解が解けてお互いに仲直りしてた」

「じゃあ、山梨に行く気になったってことですか?」

 期待をしているのか、翔の声が心なしか弾んでいる。

「そうだね。また連休にでも久しぶりに帰ってみようかな」

「よかったー。ようやくお父さんと話す気になったんですね!」

 まるで自分のことのように、翔は喜んでくれた。

 もしかしたら、翔も山梨に行って、父と母に直接会って話したいのかもしれない。

「うん。ごめんね。今まで心配かけて」葉月は申し訳なさそうに言った。

「別にいいですよ。ところで葉月さん、今から一緒に夜空でも見ませんか?」翔が唐突に尋ねた。

「夜空? 何で?」

「いいから早く」急かすように翔は言った。

翔に言われるがまま、葉月は「えー? 何でって聞いてるのに」と愚痴をこぼしながら、仕方なくベランダから出て夜空を見上げた。

「見ました?」

「見たよ。何かあるの?」

 言われた通り夜空を見ても、特に変わった様子はなく、星がキラキラと輝いているだけだった。

「星が綺麗ですね」

「確かに綺麗。でも、何か変わったことがあるのかと思ったよ」

 期待していたこととは違い、葉月は気が緩んだ。

「星を見るとなんかこう、癒されるような気がしませんか? だから葉月さんにも見てもらいたくて」

「そっか。たまにはこうやって星を見るのもいいかもしれないね」

「でしょ? そうだ。今週の金曜日、葉月さんの仕事が終わったら、さっき話してた新作のパンケーキ食べに行きませんか?」

 今週の金曜日と聞き、すぐに葉月は早坂との予定があることを思い出した。

「あー、ごめん。その日はもう先約があって行けないんだ」

 葉月が断ると翔はがっかりしたように、「何かあるんですか?」と訊いた。

「うん。会社の人とフレンチトースト食べる約束しちゃって━━また予定合う日に行こう」

「なんだ。じゃあ仕方ないですね」翔は残念そうに言った。

 葉月と翔はその後も、夜空に瞬く満天の星を見ながら、他愛もない話を気が済むまでした。

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