昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
第四章 莉乃との再会
葉月と翔は東京から約二時間、電車に揺られ、山梨の甲府まで来た。

母から送られてきたラインを頼りに、父のいる病院の最寄り駅まで行き、今は歩いて病院に行っている。

「今日が休みでよかった。昨日の夜、葉月さんから連絡あって、お父さんが倒れたって聞いた時はマジでびっくりしましたよ」

「ごめんね。でもついて来てくれてありがとう」

「俺は連休じゃなくても早く行きたかったし、全然大丈夫ですよ。それより、お父さん大丈夫なんですか?」

翔は心配そうな顔をした。

「わからない」

「病名は、くも膜下出血でしたっけ? これってどう言う病気なんですか?」

 翔に聞かれた葉月は「ちょっと待ってね」と言って、一度歩みを止めると、鞄からスマートフォンを取り出し、画面を操作した。

翔も歩みを止め、葉月の言葉を待った。

「昨日寝る前に調べたんだけど、くも膜って言う脳を保護する膜と、脳との間の血管が切れて起こる出血のことをくも膜下出血って言うらしい。ほとんどは脳動脈瘤って言う動脈のコブからの出血が原因なんだって」スマートフォンの画面を見ながら、葉月は翔に説明した。

「なるほど。助かるんですか?」

「死亡する場合もあれば、後遺症が残る場合もあるとか何とか━━」

葉月の言うことを聞いた途端、翔は青ざめた顔になりながら、「それ、やばくないですか?」と訊いた。

「でも、何も後遺症が残らずに、社会復帰できる場合もあるって書いてあるよ」葉月がそう言うと、翔はホッとした顔になった。

スマートフォンを再び鞄の中に入れ、葉月は歩き始めた。

翔も歩き始めると、「お父さん、何も後遺症が残らないといいけどな」と言った。

葉月は視線を上に向けると、「それにしても、何か雲行き怪しいね。雨降るんじゃないかな」と言った。

「えー。俺傘持って来てない」

「私折りたたみ傘持って来てるから大丈夫だよ」

「さすが葉月さん、用意周到」

 葉月と翔が話しているうちに、雨はぽつぽつと降ってきた。

「あ、ほら早速だよ」

 すぐに葉月は鞄の中に入っている折りたたみ傘を取り出した。

「俺、持ちますよ」そう言うと、翔は葉月の傘を持ち、音を立てながら差した。

傘の中で、ふと翔の顔を葉月は見た。

 やはり、いつ見ても顔が整っている。これは蓮見が惚れるのも無理はないかもしれない。

 翔の顔に見惚れていると、翔が葉月を見た。

「何ですか? 俺の顔に何かついてます?」

「何でもないよ」

 葉月が咄嗟に誤魔化した。

 歩いていると、傘を差しながら犬の散歩をしている通行人が葉月と翔の目に留まった。

「雨なのに散歩してますね」翔が言った。

「きっと散歩している最中に、急に雨が降ったんだよ」

「そうだ、葉月さん。覚えてますか? 昔、俺たちも同じようなことありましたよね」翔は思い出したように言った。

葉月は少し考えた後に、「うーん。覚えてない」と言った。

「またですか? もう、葉月さんって本当に忘れっぽいですよね」

 信じられないと言う顔で、翔は葉月を一瞥した。

「だって小さい時のことだし」

「まあいいですよ。あの時葉月さん、俺が濡れないように、俺だけに傘を差してくれたんですよ。自分はずぶ濡れなのに、風邪引くからって言いながら。それで家に帰ったら、俺は全然濡れてないのに、葉月さんだけずぶ濡れだから、お母さんがびっくりして、慌てて葉月さんをお風呂に入れたんですよ」

「そんなこともあったんだね」

「他人事みたいに言わないでくださいよ。でも俺は嬉しかったですよ。葉月さんが俺に傘を差して、濡れないようにしてくれたこと」

 葉月は何も言わず、照れた顔が翔に見られないように下を向いた。

「それなのに、ほとんど何も覚えてないんだから呆れちゃいますよ」

 翔には言わないつもりだけど、実は覚えている。

 ハルが葉月に気を遣って、傘から逃げようとしたことや、葉月が諦めずハルに傘を差し続けたことも。

 でも、本当のことを言ったら恥ずかしいし、言わないけどね。

「今こうして二人で傘に入っているのって、何か不思議ですよね」

「そうだね」

 ふいに翔の肩が葉月の視界に入った。肩が少し濡れている。

どうやら葉月が濡れないように、翔が傘の位置を調整しているようだ。

あの時と立場が逆になっている。

それがわかった葉月は、翔との距離をほんの少し詰めた。

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