昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
病院に到着すると、すぐに母がいる待合室まで向かった。

 時刻は既に午後二時半を回っていた。

 待合室に入るや否や母の姿を探した。

すると、すぐに見つかった。母は近くの椅子に座っている。母は神妙な面持ちをしながら、父の手術が終わるのを今か今かと待っているようだった。

「戻って来たんだ。長かったね。二人で一体どこに行ってたの?」葉月と翔に気づいた母が言った。

「ちょっとね。ごめんね、遅くなって」

 まさか母は葉月が大して関わりのない莉乃に会いに行っていたなんて、思ってもみないだろう。それに、もしそんなことを母に言えば、きっと色々と突っ込まれて面倒なことになるに違いない。そう思った葉月はあえて言わないことにした。

 母は緊張からかそれ以上余計な詮索はしてこなかったため、葉月たちは安心しながら椅子に座った。

「まだ手術は終わってなかったみたいですね」

「うん。間に合ってよかった」

 葉月は待合室で待っている間、莉乃と蓮見のことを考えた。

 まさかモモの生まれ変わりが蓮見だったなんて、本当に信じられない。

それだけじゃなくて父と莉乃の不倫も誤解だったのだから、今日は驚くことばかりだ。

「葉月さん」

「ん?」

「俺、また葉月さんたちとこうして一緒にいれて幸せです。だから、これからも葉月さんたちともっと関わりたい」真面目な表情で翔が言った。

「関わるも何も、翔は家族の一員でしょ?」

 翔は何も言わず、ジーンとしているように見えた。

「翔?」

「いや、感動しました。ありがとうございます」そう言う翔の表情は和らいでいた。

 いきなり何を言い出すかと思いきや、そんなことかと葉月は思った。

 家族のためにここまでしてくれる人は、きっとこの世で翔しかいない。

 こんなに信頼しているのに一体何を言っているんだか、そうは思っても口には出さず、葉月は翔のことを微笑ましい目で見た。

 病院に到着して早十分が経過した頃、葉月の中では徐々に不安が押し寄せていた。

父の手術は無事に終わるだろうか。

待合室で待っていると、不安から落ち着きがなくなってきて、葉月の手は無意識のうちに震えていた。

そんな様子の葉月を見た翔が「葉月さん」と言った。

「何?」

「大丈夫ですよ。きっとお父さんの手術は無事に終わりますから。俺が保証します」

「保証って。何を根拠に言ってんの」

突拍子もないことを言う翔に呆れながらも、葉月は思わず笑みがこぼれた。

「あー。笑いましたね? 俺真剣なのに」

 翔から話しかけてもらえたおかげで、葉月の手の震えは自然と収まっていた。

 予定通りいけば手術はあと二十分で終わる。

 葉月は手術が無事に終わりますように、と心の中で祈った。

 不安と恐怖の中、予定よりも十分早く、父は集中治療室から出てきた。葉月たちは父の元に駆け寄る。

 ようやく終わったと思いきや、医者が「これから術後検査に行きます」と言い残し、早々にこの場から離れて行った。

「大丈夫かな」母が不安そうに言った。

 しばらくすると手術着を着た医者に呼ばれ、術後の説明を受けた後、ようやく父に面会することができた。

目を瞑っている父に母が緊張しながら、「お父さん」と話しかけると、父はゆっくりと目を開けた。

 全員が父に注目する中、その視線の先は、偶然葉月に向けられた。

「葉月━━」

 父に名前を呼ばれたが、葉月は突然のことで声が出なかった。

母は父の手を握ると、「お父さん、私のことはわかる?」と言った。

すると、父は母を見てゆっくりと頷いた。

「よかった……」

母の顔を見ると、少し泣きそうになっていた。

「本当にお疲れさまでした」

「心配したんだよ。早く良くなってね」

 父は何も言わないが、話は聞いているようだった。

「手術、成功してよかったですね」

「血管攣縮の危険があるから、油断はできないらしいけどね」

 母と翔が口々に言う中、葉月は一人無言で父を見据えていた。

 父は自分の顔を見てどう思ったのだろう。今まで散々無視をしてきたから、怒ってはいないだろうか。でも、これから父がどういう反応をしようとも、きちんと謝るつもりだ。

だって、不倫が誤解だとわかった時点で、口を利かない理由はもう何一つないのだから。

「いたた……頭が痛い」

「大丈夫?」母がそう言うと、「うーん……」と、父は辛そうに言うだけだった。

「何かすごい苦しそう」

 父は頭が痛くて辛いのか、再び目を閉じ、何も言わなくなってしまった。

「眠ったのかな」

「麻酔が切れてなくて、まだ完全に意識が戻ったわけじゃないのかもしれないね」

「そっか」

 父と話せないのであれば、これ以上ここにいても仕方ない。後は先生たちに任せよう。

そう判断した葉月は「まだ手術は終わったばかりだし、時間の経過に伴って徐々に症状もよくなるって先生も言ってたから、とりあえず今日はもう出よう」と言った。

「そうだね。じゃあお父さん、また明日来るね」

父とろくに会話もできないまま、葉月と翔、母は集中治療室を後にした。

 病院から外に出ると、朝から雨続きだった天気は、いつの間にか晴れに変わっていた。

 アスファルトにはいくつか水たまりがあり、そこらに生えていた草には今にも零れ落ちそうな雨露がキラキラと輝いている。

「晴れたね」

「本当だ……」

「あっ! 虹が出てるよ」

 母が空に向かって指を差した。

「え? どこ?」

「ほら、あそこ」

 母が指を差す方向を見ると、そこには本当に大きな虹が架かっていた。

「本当だ……綺麗だね」

 その虹はまるで、父の手術の成功を祝福するかのような美しい虹だった。

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