昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
その後、三週間が経った。

足の捻挫もよくなりつつあり、葉月は普段と変わらず出社していた。

 彼のことだけど、連絡先を交換してからと言うもの、毎日のようにラインをしている。

ただし、ラインを送るのはいつも決まって彼の方からだった。

 例えば、『今日は放課後、友達とタピオカを飲みに行きました』とか『家の近くに猫がいました』と言ったことが写真と共に送られてくるのだった。

 何とも微笑ましい内容だけど、この裏には何か別の事情があるのだと思ったら、気になって仕方なかった。

でも訊くに訊けず、葉月を友達にした理由は未だ謎のままだった。

 それから連絡先を交換した時に、葉月は今まで知らなかった彼の名前を訊いた。

名前は、澤田翔と言うらしい。

彼のことを何て呼んだらいいか本人に訊いたら、翔でいいと言うので、葉月は翔と呼ぶことにした。

 今のところ翔とラインをしてわかったことは、現在高校一年生、好きなものは甘いもの(特に好きなのはパンケーキ)、連絡がマメと言うことくらいだ。

 意外にも翔とのラインは楽しくて、飽きることはなかった。翔とラインをしていると、高校生に戻った気分になれるし、今まで一人っ子だったから、まるで弟ができたみたいで嬉しかった。だから翔と関わる全てが新鮮だと思える。

 昼休み、休憩室でスイーツを食べていると、またも翔からラインが来た。

『今度の日曜日、よかったら一緒にパンケーキ食べに行きませんか?』

 これはデートになるのだろうか。いやいや、翔は弟みたいなものだ。デートとは違う。

 翔からの誘いに乗るべきかどうか迷って、葉月はスマートフォンを片手に頭を抱えた。

しかし、日曜日はちょうど暇で、甘いもの好きな葉月もパンケーキを食べたくなり、翔の誘いに乗ることにした。

『いいよ。食べに行こう』

『本当ですか? うれしいです』

 すぐに既読がつき、翔から可愛いスタンプと共に返事が送られてきた。

その純粋な喜び方に、葉月は不覚にもキュンとしてしまった。

高校生ってこんなにも可愛いんだ。もう何か可愛い動物を見ているみたいだ。

 葉月は可愛い男子高校生を相手に浮かれていた。

「顔がにやけてるぞー」朱里はそう言うと葉月の隣に座った。

朱里からの忠告を聞き、葉月はすぐさま顔を元に戻した。

「そんなにやけてました?」

「うん。もうすごい嬉しそうだったよ。普段そんな葉月見ないから、珍しくてびっくりしちゃった」

 葉月はそんな姿を朱里に見せていたのかと思うと、恥ずかしくて顔を赤くした。

「何かいいことでもあったの? あ、わかった。男でしょ」

「そんな朱里さんが思っているようなことじゃないんで、期待しないでください」

「へえ。この間捻挫して会社を休んだかと思えば、今度は男か。葉月も忙しいねえ」

「だから、そう言うのじゃないって言ってるじゃないですか」

「はあ、羨ましい。私にも春が来ないかな」

 朱里はまるで聞く耳を持たない。葉月は朱里の誤解を解くことを諦め、これ以上は何も言わないことにした。

ふいに窓の外を見た朱里が「そう言えばあの男の子、最近見ないね」と言った。

葉月は思わずドキリとした。

あの男の子と言うのは翔のことだろう。今まさに話をしていた男のことじゃないか。

以前、翔が会社を訪れた際に、朱里は翔と話せないでいたことを残念がっているように見えた。

そんな朱里に、翔と連絡を取っていることがバレたらまずい。それに葉月がその男と一緒に出掛けることを知ったら、朱里はどう思うか。

考えただけでも恐ろしく、余計に教えることはできない。

葉月は何も知らないふりをして、「そうですね」と答えた。

視線を窓から葉月に移すと、「私今すごくデートとか甘いことがしたい。誰か知り合いにいい男いない?」と唐突に朱里が言った。

「そんなこと言われても、私には朱里さんに紹介できるようないい人はいないですよ」

 朱里はそれだけ訊くと、溜め息をついて自分のスマートフォンを操作し始めた。

 最近の朱里は出会いを求めがちだ。

 そんな朱里の様子に呆れつつも、葉月もスマートフォンを取り出し、カレンダーのアプリを開いた。

いつも自分の予定をそのカレンダーに入力していたため、今回の翔との約束も入力することにした。

『日曜日 翔とパンケーキ』
 ……入力っと。

自分より年下の子と遊んだことがなくて、少々不安はある。でも可愛い男子高校生とパンケーキに囲まれている自分を想像したら、何だか日曜日が楽しみになってきた。

「朱里さん、午後の仕事も頑張りましょうね」

「え、何いきなり」

 朱里は葉月の突然の宣言に若干引いていた。

  ☆
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