ハルカカナタ
「高花先生、お待たせしました」

 時計から視線を外すと待ち合わせの人物が小走りに駆け寄って来た。

「いえ、僕も今着いた所ですから」

 春川出版の編集者【巻町詩織】。僕の担当編集者で、現在入社3年目の25歳。黒のパンツスーツ姿はいかにも仕事が出来るキャリアウーマンの雰囲気を纏っている。

 実際、僕の担当に着いた時はまだ新人の編集者だったにも関わらず、随分と彼女に助けられた。

「それなら良かったです」

 巻町さんはそう言いながら肩からかけていたショルダーバッグを椅子に置いて、自分も僕の正面に座った。

「これ、どうぞ。ジャスミンティーで良かったですよね」

 テーブルに置いてあったカップを少し巻町さんの方に押す。

「あ、すみません。ありがとうございます。覚えていていただいたんですね」

 年齢の割に幼い顔に笑顔を浮かべながら巻町さんはジャスミンティーに口をつけた。身長は綾と同じくらいなので、女性にしては高めでスタイルもスレンダーなのに、童顔の所為でアンバランスな印象を与える。

 際立った美人とゆう訳ではないが、異性受けはいいだろう。

「それじゃあ始めましょうか」

 巻町さんがショルダーバッグからB4サイズのタブレット端末を取り出し、打ち合わせが始まった。

 内容は主に【妹恋】のこれからの方向性や、僕の考えている物語の具体的な起伏などに対する巻町さんの意見。

 大まかな流れを言って、そこから細かい流れをひとつずつ詳細に詰めていく。

 ひと通り終わったのは12時半まで後5分のところだった。

「お疲れ様でした。ついでにお昼御飯食べられますか?」

 巻町さんは端末をバッグに直してから言った。

「お疲れ様でした。いえ、この後約束があるんで遠慮しておきます」

「もしかして・・デート?」

 途端に敬語が消え、大学の友達の様な口調に変わるがいつもの事なので特に気にはしない。

 揶揄うように言う巻町さんは心底楽しそうな、でも、意地悪そうな笑顔を浮かべている。

「ええ、まあ」

 どうしようか少し悩んだが、そもそもが噂を広めるのが目的なので控え目に肯定の言葉を漏らす。

「・・・」

「巻町さん?」

 ゼンマイのキレた人形の様に固まったまま動かなくなった巻町さんに声を掛けるが、反応はない。

「あの・・・巻町さん?」

 時間にしてたっぷり30秒は固まっていたと思う。

「え・・・」

「え?」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 止まっていた時間は、店内は勿論店外にまで響いたのではないかという程の彼女の絶叫で動き出した。

「ちょっ!巻町さん!」

「誰!?誰なの!?大学の友達!?彼女!?友達!?彼女!?彼女!?友っ・・彼女!?」

「落ち着いてくださいって!」


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