ハルカカナタ
5章
 翌朝、目を覚ますとハルカの姿は無かった。

 置きっぱなしのキャリーバッグがそのままな事に胸を撫で下ろす。

 黒字に白の文字盤の時計はもうすぐ10時を指そうとしていた。

 大学は3限からのなので、まだ大分時間に余裕がある。

『ちょっと話がある。今日どっかで時間取れないか?』

 無料の通話アプリを使ってメッセージを送り、少し待っていたが既読の文字はつかなかった。

 少し遅めの朝ごはんを食べてからシャワーを浴びて、髪を乾かしているとスマホが着信を知らせる黒電話の音が鳴った。

 【西原綾】と表示されたスマホをスワイプしてから耳にあてた。

『カナタ?ごめんなさい、さっきのメッセージなんだけど午後はちょっと時間取れそうに無くて、もし大丈夫なら今から少し出て来れないかしら?』

『わかった、前に行ったカフェでいいか?』

『ええ、大丈夫よ。じゃあ待ってるわ』

 用件だけの会話を終えて、半乾きだった髪を乾かして家を出た。

 いつもどおり人も店も疎らな商店街を通り、交差点を直進して駅に向かう。

 目的地であるカフェを視界に捉えたと同時に待ち合わせの相手の姿も見えた。

「中で待ってくれたら良かったのに」

「何となくお店の中よりも人のあまり居ない所の方がしやすい話なんじゃないかと思ったのよ」

「何となく、ね」

 いつも通り一分の隙もない綾はやっぱり優雅な笑みを携えて言った。

「南口にある公園にでも行きましょう」

 駅の構内を突っ切って南口から出ると、何かを間違えたのでは無いかと思う程突然に公園が目の前に現れる。

 緑化計画だと聞いたが、それにしても随分と場違いな緑化な気がする。

 遊具などがあるわけでは無いが敷地面積は結構広く、青々とした芝が広がっており公園の外周をグルっと囲む様に遊歩道が走っている。

 平日の昼間とゆう事もあり人は疎らで、小さな子供を連れた母子が数人見えるぐらいだった。

 綾と並んで遊歩道を歩く。

 少し陽が強いが、時折感じる風が心地良く顔を撫でる。

 会話は一つも交わさない。

 やがて申し訳程度に建てられた小さな東屋を見つけ、2人で椅子に腰を落ち着けた。

 椅子だけでテーブルは無かったが、そもそもがテーブルを使う用事も無いので気にならない。

「さて、それじゃあ話しを聞こうかしら」

 コの字型に据え付けられた椅子に向かい合いになった僕と綾の距離は2メートル程。

 息遣い迄は聴こえないが、表情はハッキリと見える。

 だが感情迄は読み取れない。

「ああ、単刀直入に言うが、恋人契約を解除したい」

「・・それはまた急ね。何かあったのかしら?」



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