政略結婚の甘い条件~お見合い婚のはずが、御曹司に溺愛を注がれました~
突発的プロポーズの行方
しとしとと雨が降る土曜の夜だった。
築四十年が経過する日本家屋の座敷で、佐々良菜摘は向かいに座るスーツ姿の美麗な男――日高理仁を前にして息を飲んだ。
男は首都圏にパティスリーを展開する『ミレーヌ』の若き社長である。
梅雨が明け、さぁこれから夏本番という矢先の雨が部屋の湿度を上げているが、理仁の黒髪は暴発するどころかサラサラ。理知的な双眸は自信に満ち溢れ、少し薄めの唇は口角を上げて笑みをたたえていた。
「菜摘さん、俺と結婚しよう」
挨拶もそこそこ、理仁が口にした言葉に菜摘の目が点になる。
菜摘の隣で弟の大地は「け、結婚!?」と調子はずれの声をあげた。
驚くふたりを前にして、理仁はとんでもない話をしているようには思えない涼しい顔だ。
ふたりは恋人同士ではない。言うまでもなく友人でもない。
それなのに、いきなり結婚ときた。
肩書きにも容姿にも恵まれた理仁が、どうして自分のような人間にプロポーズするのかと不可解でならない。
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