めぐる月日のとおまわり
「なんでここにいるんですか?」
「なんでだろうね」
つとめておどけた言い方をしていても、声いろが違っていた。
「理由がなくて」
彼は困ったように笑う。
「君がアルバイトを辞めてから、会えなくなった」
「当たり前でしょう」
「俺と、デートしませんか?」
わたしはじっと彼の表情をうかがった。
「……なんでですか?」
「他に会う理由がないから」
「彼女さん、いやがりません?」
「何も言わないと思うよ。一年ちかく、独り身なので」
いかにも冗談めいて語られる言葉は、本当に冗談なのか、冗談にまぎれされた本心なのか、わたしには判断できない。
出会ったときから大人だったこのひとは、いつもわたしの手にはあまる。
「からかわれるのは、きらいなんです」
「仕事中より真剣なんだけどな」
「なんでもご馳走してくれますか?」
「いいよ」
「セントラルホテルのスイーツビュッフェに行きたいです」
それは思いつく限り、いちばんいやがられる選択肢だった。
こんな目立つ格好の女を連れて、女性であふれる空間に九十分。
甘いものが苦手なこのひとは、さすがに「ごめん。ジョークだよ」と、引き下がるかもしれない、と。
「いいよ。行こう」
ところが彼はにっこりと手を差し出した。
はじめから届かないひとだと思っていたから、失恋もできなくて。
恋なんてしていないと、火種を叩いて叩いて消したつもりだった。
今胸の奥の炎は、気づかぬふりなど許さないと、激しく燃えている。
だからといって素直に取ることができず、見つめるばかりの彼の手のひらに、ふわりと白いものが落ちた。
「あ、降ってきちゃった」
はらり、はらり、と散る雪は、神様からの祝花だったのかもしれない。
はじめて彼がお客さんとして目の前に現れた日。
あの日も桜が散っていた。
ひとたび降りだした雪は、まばたきするたび数を増す。
お互いの吐息も白さを深めていた。
わたしは結局その手を取らず、背中を向けて彼の車の前に立つ。
しかし、なかなかロックを開けてくれない。
「早く開けてください。濡れちゃう」
彼は目を細めて、ガチャリとロックを解除した。
「ごめん。きれいな雪椿に見とれてました」
爛漫と降る雪が、熱を持った頬に触れて溶けた。