めぐる月日のとおまわり
五月 ゆび きった
目の前に停まったメタリックブラウンの車に、わたしはわざとゆっくり近づいた。
焦ったように運転席の窓が開く。
「ごめん! 遅れた!」
「十八分待ちました」
「本当にすみません。どうぞ乗ってください」
彼が助手席を示すので、わたしはわずかに眉をひそめて訊いた。
「彼女さん、いやがりません?」
今現在彼女がいるのかいないのか、聞いたことはない。
けれど彼はからりと笑って、その存在を認めた。
「大丈夫。そういうの気にするひとじゃないから」
その“彼女”は、以前の“彼女”と同じひとだろうか。
車の反対側に回り込みながら、わたしはそっとため息をついた。
わたしが上手に隠しおおせたのか、それとも彼が鈍感なのか、いたってたのしげに彼女の話題をつづける。
「『今日は女子大生とデート』って言ったら、車の中掃除してくれた。だから普段よりきれいだよ」
そうですか、とつぶやいてシートベルトを締める。
たしかにとてもきれいな車だった。
ほのかにマリン系のフレグランスが香る車内は、彼のイメージより幾分整い過ぎていて、まるで彼女の手のひらの上に間借りしている気分だった。
「ここ、俺の職場」
小さなビルの前を通過したとき、彼が指差して言った。
「うちの店と近いんですね」
わたしがアルバイトしているコーヒーショップとは、ほんの二ブロックしか離れていない。
「近いんだけど歩いて五分じゃ着かないから、コーヒー買いに行くにはちょっと遠いし、車で行くには近すぎる。それでなんとなく、これまで行きそびれてて」
その「ちょっと面倒くさい」店に、彼は週二~三回やってくる。
うちの日替わりコーヒーが、よほどお気に召したらしい。