めぐる月日のとおまわり
「じゃあ、本当に気をつけて」
手をふりながら彼は帰って行った。
家まで送ると言われたけれど、待ち合わせた場所に自転車を置いていたので断った。
明日も学校がある。
脚に力をこめるたび、ジィー、ジィーとライトの音がする。
少しふらつくのは、飲酒運転のせいかもしれない。
夜八時はまだ人通りも多く、通りすぎた書店にも、煌々と明かりがついている。
食事だけして、危うい雰囲気も出さず、こんな時間にあっさり帰す彼は、はじめて会ったときから、不思議と“信じられる”ひとだった。
他の人なら下心を疑うようなシーンでも、彼には何の他意もないとわかる。
お日さまと風をいっぱいに受けた、洗いざらしのシーツのようなひと。
彼の隣では何の不安もなく、心地よく眠れるに違いない。
その場所は、いつも満席だけど。
最初から、彼の視界にわたしは入っていなかった。
橋に差しかかり、川からの風に煽られてよろめいた。
水と草の香りがする。
「失恋」とラベルを貼るのもおこがましい、ちいさなちいさな火が、胸にある。
風に吹かれて消えればいいと、ペダルをつよく踏み込んだ。