めぐる月日のとおまわり
「どこ行くの?」
「正門前のコンビニ」
「なんで?」
凛ちゃんは慎ましやかな装いには不釣り合いな、いやらしい笑い方をした。
「待ってるひとがいるんだ」
悪寒がして、わたしは足を止める。
「なにそれ。やだ、怖い」
凛ちゃんはへらへら笑って、尻込みするわたしの手を引く。
「大丈夫。怖くない、怖くない。店に来ていたお客さんだよ。正門で見かけたから、声かけたの」
凛ちゃんとわたしは、去年の夏まで同じコーヒーショップでアルバイトをしていた。
そこで対応したお客さまは数え切れないほどいるけれど、わたしが頭に思い浮かべたのは、たったひとり。
春休みで閑散とする学部棟を抜け、正門が近くなると、人も車の流れも多くなった。
談笑する学生たちの間を縫って正門を出ると、通りを挟んで向かいにあるコンビニの前に、そのひとはいた。
まだ少し距離があり、往来する車に隔たれていても、彼はわたしを見ていた。
「椿沙ちゃんが辞めたあともね、店に会いに来てたんだよ」
励ますように、わたしの背中をつよく押し出す。
「今度ゆっくり、ご飯食べながら報告してよね」
「ありがとう」
凛ちゃんは校内にもどっていき、わたしは信号が変わるのを待つ。
お互いに相手を認識しながら、なかなか距離が縮まらないのは気恥ずかしかったが、わたしはむしろゆっくり歩いて彼の前に立った。
「久しぶりだね」
「そうですね」
彼の前では声も態度も硬くなる。
想いを悟られないための、ガキくさい反応だとわかっていても、余裕がない。
「寒いね」
「まだ春先ですからね」
「このまま冬に逆戻りするのかな?」
「さあ、知りません」
彼は声を立てて笑った。
それはこのうす暗い空に似合わない、あかるい声だった。
「卒業おめでとう」
「ありがとうございます」
「ごめん。花も何もないんだけど」
「別にいらないです」
「袴姿の学生を見かけて、『今日卒業式なんだなー』って思ったら、ついね」
コンビニにも通りにも、まだ学生があふれている。
彼はコンビニまでお茶を買いに来たような格好をしているのに、きちんとスーツを着こんだ男子学生より、ちゃんと大人に見える。
着飾ったところで、この袴姿は、わたしがまだほんの学生で、彼とは遠く隔たっていることを強烈に認識させた。