カラダから始まる政略結婚~一夜限りのはずが、若旦那と夫婦の契りを交わしました~


 彼が一歩歩み寄るたびに、畳と足袋の擦れる音が耳に届く。

 気づけば、目の前に整った顔が見えた。後退りをすると、帯に壁が当たる。

 近い。

 それに、なんだろう……さっきまでとは、笑顔が違う。

 戸惑いが生まれ、無言で見つめ返すしかできない。いつのまにか追い込まれる体勢になり、胸がざわめいた。

 すっと首元に手が伸ばされる。距離を縮めた彼に抱き込まれ、長い指がうなじを撫でた。


「さすがに一ヶ月も経てば消えるか。せっかく他人に見えないところに刻んであげたのに」


 敬語が取り払われた低く艶のある声は別人みたいだ。ぞくりと震えが走り、胸板を押し返す。

 しかし、その手を掴まれ、まっすぐな視線にとらえられた。


「い、一体なんの話ですか?」

「まだ気づかないの?ヒントはいくらでもあったはずだけど」


 私を掴む腕とは逆の手が、漆黒の前髪をかき上げた。

 乱れたオールバックと切れ長の目には既視感があり、禁忌の記憶と重なり合う。


「一夜限りの男なんて忘れちゃった?“桃ちゃん”」

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