カラダから始まる政略結婚~一夜限りのはずが、若旦那と夫婦の契りを交わしました~


「これ以上は、だめ、です……せっかく着付けた着物が乱れるし、髪も崩れ、ちゃう」


 絶え絶えになった呼吸の合間に、必死で伝える。

 すると、小さな水音とともに最後のキスをした彼は、思考がとろけそうになる色気を帯びながら緩く眉を寄せた。


「ごめん、時間がないのに。ちょっと我慢できなかった」


 後頭部に手を回して引き寄せられ、彼の胸にぽんと額が当たる。


「桃が可愛いすぎて、気が気じゃないよ。変な虫が寄ってきたら、後で俺に言って」

「心配ありませんよ、そんな」


 普段とはまるで別人だ。

 こんな容赦なく甘い口説き文句を浴びせてくるのは、見合い会場で口説かれたとき以来である。

 髪型を気にして頭を撫でたいのをこらえたらしい彼は、視線を合わせて屈んだ。


「茶会が無事に終わったら、ご褒美をあげる」

「ご褒美ですか?」

「うん。俺も結果を出してくるから、桃も自信を持って行っておいで」


 不安だった気持ちが、嘘みたいに軽い。

 私のために用意してくれた着物を身につけて、勇気づける言葉に背中を押してもらえる。こんなに心強いことはない。


「はい。千里さんも、頑張ってくださいね」


 頷いた彼は、美澄屋を背負った若旦那の顔だった。

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