脆い記憶
「晴ちゃん、用意できた?お母さん先に下に降りてるからね」

「うん」


今日は退院の日

こうちゃんのおかげで大きな怪我も無かったのですぐに退院できることになった


いまだに現実を受け入れてることができない


私が事故に遭ったということは
私は確かにあの街にいたってこと

じゃあそれ以降のことはなに?

こうちゃんと過ごした時間はなに?

夢?幻?

それなら何故こうちゃんの匂いや
こうちゃんの肌の温もりを覚えているの?


あの日以前にこうちゃんと会ったのは
こうちゃんが、飛び込もうとした日
あの日以来会ってないはず
最後にあったのはもう何年も前で私たちがまだ高校生の頃

その頃の体温や匂いや感覚を覚えてただけ?

いや
違う
さっきまで私と過ごしていたこうちゃんは高校生の頃の記憶のこうちゃんじゃない

絶対に違うのに・・・!


「晴ちゃん、大丈夫?」

肩を叩かれて体が跳ねた

「祐樹くん・・・」

振り返ると心配そうに私の顔を覗く祐樹くんがいた

心配そうな顔もこうちゃんを見てるみたいに似てる

眉を下げて
澄んだ瞳で私の心の中を覗いてるみたい


「ちょっと話せへん?」

「うん・・・とりあえず病院を出ちゃうね」


お世話になった方々に挨拶をして
無事退院した

母とはとりあえず別れて祐樹くん話すことにした


「いい天気やし、川沿いでも歩こっか」


祐樹くんとゆっくり歩いてるこの川沿いは
こうちゃんと歩いた・・・はずの川沿い

こうちゃんとコーヒーを飲んだ・・・はずの川沿い

こうちゃんと再会して怪我の手当てをしてもらった・・・はずの川沿い


「晴ちゃんさ、兄ちゃんと話せたんやんな?」

「え・・・?」

自信を持てない

話したと思ってるのは私だけで
あれは夢や幻だったのかも知れない

こうちゃんと過ごしたあの時間を祐樹くんに話してもきっと信じてもらえないよね


「・・・晴ちゃんが兄ちゃんのことを思い出してくれて兄ちゃんも喜んでたやろ?」

ニヒヒと笑う祐樹くんの瞳は少し赤くなってて眉はまた下がってる

私もつられて目頭が熱くなってきた


「晴ちゃんが兄ちゃんをかばってくれたじゃない?そのおかげで兄ちゃんの命が助かったし、俺も救われた。あの日以降オヤジの態度が少し変わったんよ。少しは責任を感じて反省してくれたんやと思う」

「ありがとう」と言ってくれたその声は震えている

「でも、その事故のせいで晴ちゃんの大切な記憶が無くなってしまった。兄ちゃんのことだけじゃなくて沢山の人との思い出まで無くなっちゃった。兄ちゃんは自分のせいで晴ちゃんをあんな目に合わせてしまったってずっと後悔して、反省して、謝りたいって言ってた」

そんなに私のことを考えてくれてたんだ

「でも、兄ちゃんの事を覚えてない晴ちゃんに急に会いに行っても困らせるだけやし、どうしようどうしようってずっとウジウジしてたんよ」

首筋を触りながら笑う祐樹くんの姿がこうちゃんの姿と重なる

そんな仕草まで似るんだね

「兄ちゃんはずっと機会を探してた。だから、あの日、晴ちゃんをみつけていてもたってもいられへんかったんやと思う。晴ちゃんが救ってくれた命で、晴ちゃんを助けることができたんやもん。兄ちゃんは本望やったと思う」

そんな事ない

私のせいでこうちゃんは・・・

「兄ちゃんの強い気持ちが、晴ちゃんの意識の中に潜り込んで晴ちゃんと話すことができたんやと俺は信じたいんよ」

祐樹くんは私を信じてくれてる

・・・私も祐樹くんのその言葉を信じたい

「私もそうだと信じたい・・・信じてる」


こうちゃんは最期に私に会いにきてくれた

私の記憶を取り返すために会いにきてくれた


きっとそうだよね


「祐樹くん、ありがとね」

「ううん。晴ちゃん会えて嬉しかった」

「それと・・・」

祐樹くんの手が私の右耳に伸びてくる

「このピアス、大事にしたってな」

祐樹くんの手がピアスに触れた


こうちゃんの言葉が蘇る


『それを俺やと思って晴の側においといてな』そういってピアスにキスしてくれたっけ


「あ、そうや、これも受け取ってほしい」

そう言って祐樹くんから渡されたのは
こうちゃんがつけていた私とお揃いのピアス

「たぶん、俺が持ってるよりも晴ちゃんが持ってくれてる方が兄ちゃんも喜ぶと思うからさ」

「・・・ありがとう、大切に大切にするね」
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