脆い記憶
緩やかな坂道を登ってしばらく歩いていくと
左手にマンションが見えてきた
築年数が短そうなマンションだ

「部屋は5階。エレベーターに乗ろう」

上矢印のボタンを彼が押す

エレベーターが降りてくるのを待つ

外の雨がまた強くなったみたいだ
雨音しか聞こえない

静かだ
とても静かだ

二人ともなんだか緊張して全く言葉を発さない

気まずい
気まず過ぎる!

「・・・・あの!・・・」
何か話さないといけないと思い声を絞り出してはみたものの「ポーン」と音と共にエレベーターが到着した

「え?あ、とりあえず乗ろうか」

「はい・・・」

私の勇気を返してくれ・・・


エレベーターのドアが閉まる


また静寂だ!!

しかも次は密室

二人の呼吸の音が大きく響いて聞こえる気がする

どうしよう

私の呼吸は荒いだろうか
心臓の音まで聞こえてたりしないだろうか

あーヤダヤダ!恥ずかしい!
早く到着してほしい


「あ、さっき何を言おうとしたん?」
二度目の静寂を破ったのは彼だった

「・・・・えっと」

正直に言うとさっきは静寂が怖くなり何も考えずに口を開いただけで
話したい事は無かった・・・

どうしようか

きっと彼は私の方を見てる

私の肩が彼の腕に当たるほど近いところで
きっと彼は私を見てる

何か話さないと

ぐっと顔を上げて彼の方を見上げた

「・・・あのっ・・・」

やっぱり彼は私を見ていた

長い睫毛を下に向けて
夜空の様に黒くてキラキラした瞳に私を映してる

「ん?」
ニッと少し口角を上げて首を傾けた彼の毛先から雨の滴が落ちて
私の唇に流れた

「あ、ごめ・・・」
私よりもゴツゴツしてて長い指が私の唇に触れる

何も話さない彼の目が私の唇と私の目を交互にみているのがよくわかる

彼が少しずつ私の方へかがむ

私の体がゆっくりと大きな影にのまれていく

ああもうダメだ

心臓の音が大き過ぎて何も聞こえない

何も考えられない

目を閉じることも出来ずにじっと彼をみてしまう

エレベーター内は換気されているだけで
冷房はなく蒸し暑い

雨に濡れた大人二人がいるもんだから余計に蒸している

頭がぼーっとして頬が熱い

このまま抵抗しなければ
彼の唇が私の唇に触れるのだろうか


「ポーン」
5階に到着・・・・してしまった


あれ?私、今、ガッカリした


急に彼の影が私から離れ
突然目に入ってきた照明の光で目が眩んだ

エレベーターのドアが開いて外の涼しい風が入ってきたおかげで目が覚めた

きっと彼も私と同じように我に返ったのだろう

「・・・・こ、こっち!部屋こっち!」
分かりやすく動揺している彼の背中をとぼとぼと歩いて追った
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