脆い記憶
「さ、どうぞ」

1LDKのごくごく普通な男の子の部屋

シングルベッドの上に乱暴に置かれた洋服を急いで片付けながら「ソファとか無くてごめんな。ここ座っといて」と慌てる彼

「ベッドの上にすみません」と腰を下ろした

「俺はここで着替えるし脱衣所で着替えてきな」と彼のものであろうTシャツとスウェットのズボンを貸してくれた


脱衣所のドアをゆっくりと閉めて
濡れた服を脱ぎながら周りを見渡す

一人暮らしの男性の部屋とは思えないほどキレイに片付けられている
水回りもしっかりと掃除されてる

「ガタン!!」
あ、洗濯カゴを蹴飛ばしてしまった

散らばった洗濯物の中に男性物の下着があった

男性の部屋にお邪魔してるのだから
当たり前なのに
途端に恥ずかしくなってきた

「コンコン」と叩かれたドアの向こうから
「ちょっとコンビニに行ってくるからゆっくりしといて」と声がした後玄関のドアが開く音がした


濡れた服をハンガーにかけて脱衣所を出る


洋服が散乱していたベッドの上はキレイに整頓されている

再びベッドの上にゆっくりと腰をおろすと少し軋む音がした

部屋中に彼の匂いが充満している

さっき肩にかけてくれたワイシャツと似た香り


静かだ・・・

つい辺りを見渡してしまう

静かすぎる空間に居心地の悪さを感じはじめてきた

テレビだけつけさせてもらおう

テレビのリモコンを探すが見当たらない
リモコン関係は大体の場合机の上に置かれてるだろうにこの家にそのルールは無いらしい

立ち上がり薄暗い部屋を歩き回ってみた

「ゴトンッ」
何かが足に当たって物が散らばる音が響いた

足元を見ると靴のブランドのロゴがはいった箱が倒れて中身が散乱している

かがんで散乱した物をかき集める

写真の様だ
それと香水
私がつけてる香水と同じもの

もしかして彼女がいるのかな?
でもわざわざしまい込む?
それか元カノの物?

香水を箱にしまって
手に持っていた写真に目を向ける


学生服の人たちが数人写ってる
いつ頃のなんだろう


・・・・この制服

以前私が通っていた高校の制服と同じだ

まさか
彼とクラスメイトだった?

数人写ってる中から彼を必死に探す
部屋が薄暗くて見えにくい
でも部屋の灯りをつけるスイッチを探す余裕が今の私には無い

この写真の中から彼を探すのに必死だ


・・・これって 


「ハルちゃん?何してるん?電気ぐらい・・・」


彼が帰ってきた音に全く気づかなかった

「パッ」と部屋が明るくなったおかげで
写真の中の顔がよく見える


その写真には私が写っていた

隣には彼も

周りには未だに付き合いのある友達も数人写っている


「ハルちゃん、それ・・・なんで」

私が何をみているのかわかった彼は弱い声で呟いた


全部全部初めから彼は知っていたんだ

きっと全部知ってる

私がいつまでも見つけられないあの人の事も

きっと、全部

だって・・・

「ねぇなんで私とあなたは同じピアスをしてるの?なんで私の肩をあなたが抱いてるの?」
心の声が全部口から出てしまった


「晴(はる)、ごめんな」

彼が私の名前を呼んだ

いつも夢の中で響いてる声
私が恋焦がれている声
私をいつまでも苦しめる声


頭の整理が追いつかない
頭が熱い
頬が熱い
手が熱い


「・・・こうちゃん・・・」

自分の声に驚いた

なんて言った?

こうちゃん

そうだ
こうちゃんだ

あの人の名前は幸樹
目の前にいる彼の名前は幸樹だ

今日、何度も彼に名前を呼ばれていたのに
気づけなかった

悔しい

悲しい

でもこの涙はきっとその涙じゃない
とても温かい涙
いつも目を覚ました朝に流れてるそれとは違う


「晴、もっかい俺の名前呼んで」

足に力が入らずしゃがみ込んだまま泣きじゃくる私の背中を広い胸が柔らかく強く包んだ

「晴、呼んで・・・」

私の肩を抱くこうちゃんの手が震えてる

きっとこうちゃんも私と同じように今日まで苦しんできたんだ

「こうちゃん・・・ごめん・・・ごめんね」

こうちゃんの手に私の手を重ねた
その私の手の上にもう一つのこうちゃんの手が重なった

そうだった

知ってたじゃん

この手を私は昔から好きだったじゃないか


初めてこうちゃんの手に触れた日のことが頭の中に勢いよく流れ込んできた
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