泡沫〜罪への代償〜
第十章
いつでも一緒(後編)
数日後。計画実行日。
ユメの家にアカリ、アサコ、ナオトが向かう途中、同じ区画にある青果店の老婆が3人に声をかける。
「こらー、お前たち」
箒で店の前を掃きながら老婆が続けた。
「悪い事をしたら神様は罰を与えるんだよ。それは逃げられない事だから悪い事をしたらダメだよ」
昔からの口癖。
ここを通る時に老婆がいたら、必ず同じ事を言う。
「はいはい」
ナオトが適当に返事をする。
アカリは興味がないのか無視をして歩いて行く。
ただの口癖だけれど、アサコはこれから実行する計画を見透かされているような気持ちになって少し青ざめた。
青果店を通り過ぎるとアカリが呆れて言った。
「とうとうボケてきたのかしら?あのババア」
「そうかもな。何年も同じ事を言っているから、ボケてるんじゃね?」
ナオトも同意しながら言った。
そうしてユメの家に着く。
ユメには、計画したものの手順をアカリがノートに書いて渡していた。
それはコピーをして全員持っている。
パソコンで書けばいいものだけれど、完全に推理小説やドラマの登場人物になった気分でいるアカリは、パソコンに証拠が残るといけない。と考えたようだ。
計画が進んだら、その紙は燃やすと言っている。
ユメも「なんだかドラマみたいで面白いね!」と乗り気でいる。
両親と会えないのが寂しいのは本当だろうけれど、もしかしたら本音はそれに怒りの感情もあるのかもしれない。
両親を少しビビらせてやろう。そう思っているのがチラホラと見え隠れしているように見える。
隠れる場所は、町の外れにある、ユメの自宅を建設した建設会社の仮設事務所。住み込みで建設していたから、物資や環境に困ることはない。まだ解体されてもいない。こんな田舎だから土地も余っているし、放置して撤退したのかもしれない。
両親や祖父母への連絡は全てユメのスマホから。身代金の要求も同じ。
事前に4人が受け取った架空口座を作ったことを祖母に確認させたら、色々作り過ぎて記憶にないらしい。ユメのために作ったのだから、作るだけ作って渡してしまったから何がなんだか把握すら出来ていないし、ユメが普段使っている口座に入金しているから、その口座だけしか覚えていないと思う。ユメは3人にそう言った。
ナオトが数日の飲み物や食べ物、アカリが指紋を残してはいけないと言うから軍手とユメを縛り付けるための紐、目隠しのタオル、口を塞ぐガムテープなどを市内の中心部で購入してきた。
それをナオトが購入したなら足がついたら困るからと、ナオトの元カノに用意させて受け取っている。もちろん、ナオトが頼んだことは口外させないようにと念を押している。
アカリはそれらを、すっかり小説やドラマの犯人気分で次々と指示をした。
楽しくてどうしようもない。犯人が主役の作品もあるし、私たちは計画犯罪をする知能犯なのだと思って、ワクワクしているくらいだ。
そして、キチンと理解もしている。
所詮は中学生が考えた事。誰も本気にしないだろうし、すぐにイタズラだとバレるだろう。
それをユメの両親や祖父母に問い詰められたら、ユメが寂しくてイタズラをして、その手伝いをみんなでした。ただの遊びだった、ごめんなさい。ユメがそう説明してから、私たちも謝ればいいんだ。
少し怒られるくらいだ。暇つぶしのイタズラをしたのだから怒られるのも仕方ない。
ナオトも田舎で刺激がない春休みをダラダラ過ごすより、スリルがある遊びを楽しんでいる。
アカリほどではないけれどワクワクもしているし、バレるのも理解している。
アカリが言うように、謝ればいいことだし、ユメが言い出しっぺにすればいい。
それは嘘ではない。両親に会いたいと言い出したのはユメなのだから。
ナオトはそれもユメに言っている。
ユメも、みんなが私の願いを叶えてくれているし、イタズラも面白いし、謝るのは自分だとナオトに言っていた。
俺の言うことは素直に聞くからちょろいもんだ。
最初はギターや好きなものをユメに買わせてやろうと近づいたけれど、それは別に後でもいいことだ。今はこの遊びを存分に楽しもう。
暇な春休み、時間つぶしには丁度いい。
ユメの部屋、メインルームで3人が楽しそうに計画の話をしているのをアサコは複雑な気持ちで見ていた。
私はこんなことをやりたくもないのに。
怒られるのも嫌だし、楽しくもない。アカリとナオトが「逃げるな」と脅すから渋々、参加しているだけだ。
何度も「やめようよ」と2人にも言ったけれど、聞いてくれない。
誰にも言わないと散々言ってもダメだと言う。
それならばと、ユメを説得してみたけれど、「アサコちゃん、遊びだよ?」と、すっかり乗り気になってしまってユメも聞き入れようとはしてくれない。
本当に嫌だな……と思っている。
ユメの家で連日、計画の打ち合わせをしているけれど、必ず通る、さっきの青果店のおばあちゃんの言葉が脳裏に焼き付いている。
私たちは悪い事をするのだから、怒られるだけでは済まないかもしれない。
おばあちゃんが言うように、神様にとんでもない罰を与えられたらどうしよう。
もう憂鬱以外なにもない。
アサコがそう思っていると、アカリがパンと手を叩いた言った。
「じゃあ、計画実行よ」
いよいよ始るのか……。
アサコはため息をついた。
ナオトは少し緊張でドキドキしている。
アカリは楽しみで顔のニヤ付きが止まらない。
ユメはワクワクしているのか「楽しみー」と笑っていた。
計画通りに、アカリとアサコが先に帰宅する……フリをして、仮設事務所へ向かう。
ナオトは残り、1時間後にユメと家を出る。
それからユメは祖父母に「ナオトと遊びに行く」と言って2人で家を出る。
仮設事務所へ着いたら、資材置き場に行く。
アカリとアサコは軍手を履いてから、ユメを椅子に座らせて、身体を縛り目隠しをする。
その写真をユメのスマホで撮り、両親と祖父母へメールで送る。
ユメ本人で間違いないとわかるように、さらに動画も撮る。
「助けて……」ユメが目隠しをされたまま言葉を発する動画も一緒に送り付ける。
『娘を誘拐した。警察に通報したら娘は殺す。近隣の住民に知らせても同様とする。娘を返してほしければ、五千万円を用意して指定した口座へ振り込め。入金を確認次第、娘は解放する。解放前に居場所をまた連絡する。時間は48時間以内。さもなくば娘の屍と対面することとなる』
アカリが推理小説を読んで考えた文面だ。
その間にナオトは慌てて、ユメの家に向かう。
多少転んで土埃をつけてからユメの祖父母に言う。
「ユメが黒い車にさらわれた!!俺は大きな男に突き飛ばされて、車は走り去ってしまった!!どうしよう!!」
後はユメを自由にして一晩か二晩、仮設事務所で過ごしてもらう。
ナオトに呼ばれたアカリとアサコは、自分たちもユメも探すと言い、3人で町中を探すフリをする。
身代金はユメの分の架空口座へ全額入金させてから、ユメが3人へ一千万ずつ分配する。
そんなことはないだろうけれど、そういう手はずになっている。一応は。
アカリが考えた通りに実行されていく。
ユメの家に呼ばれて、アカリとアサコが向かうと、迫真の演技でナオトが青い顔をしている。
アカリは、ナオト演技が上手いじゃない。と心の中で褒めながらも困惑した表情をした。
「どうしたんですか?」
アカリが聞くと、祖父が震えながらナオトが言ったことをアカリとアサコに言った。
祖母はユメの両親と電話をしているのだろう。
「本当なのよ!ユメがさらわれたの!いないのよ!!早くこっちへ来なさい!」
と悲鳴のような声で言っていた。
「ユメが変な黒い車に乗せられて連れて行かれた」
ナオトが震える声で言う。
「え!?どういうこと?おじいさん、警察に通報しましたか!?」
アカリも驚いた表情をしてから、祖父を見る。
「ダメだ!!通報したらユメを殺すと言っている……。それは出来ない!」
祖父は首を振りながら大声を上げた。
「誰か……、大人にも知らせて探さなきゃ。ユメに何かあったら大変だ!」
ナオトが祖父を見て、それから2人に言う。
アサコは、想像よりも祖父母が本気にしてるように見えて恐ろしくなり、足元から震えがきてへたり込んでしまった。
それを見て、「アサコ!しっかりしなさい!ユメは無事よ!私たちも探すのよ!」とアカリが叱りつける。
アサコの様子が余計に物事を重大に見せてしまっているようだ。
でも、とんでもないことをしているという恐怖でアサコは言葉も出ない。
「大人に知らせてはいかん!!」
祖父が3人を怒鳴りつけた。
それから、3人に自分のスマホを見せる。
さっきアカリとアサコが撮ったユメの動画と脅迫文が出ている。
「誘拐されたんだ。警察や近隣住民に言えば殺すと書いてある。今夜中にはユメの両親もここへ来るだろう。キミ達はこの場所がわかるか?」
アカリとナオトが顔を見合わせる。
アサコは怖くて口元に手を当てて震えている。
「わからないけれど……、この町なんでしょうか……」
アカリが呟いた。
「ナオトくんが知らせに来てからそんなに時間が経っていない。この町だと私は思うんだが……。如何せん、私たちはこの町を把握できていない。キミ達は幼い頃から住んでいるんだろう?子供の方が大人よりも実は町に詳しいと思うんだ。遊び場やら秘密基地なんかを作って遊ぶだろうから」
「これ、どこだろう?倉庫?なんだろう?そんな場所、この町にあるのか?」
ナオトが祖父のスマホを覗きながら言った。
「でも、この町なら、おじいさんたちやご両親よりも私たちの方が詳しいわ。探してみようよ」
アカリが言い、ナオトが頷く。
「くれぐれも住民に気づかれないようにしてくれ。私たちは両親と身代金の打ち合わせをしなくてならない。48時間以内にユメを助けなければならないんだ。そして、この事はキミ達以外、誰にも言わないと約束してほしい。約束してくれるのなら何だってする。欲しい物があれば何でも買ってやる。わかってくれないか?」
祖父は懇願するように3人に言う。
3人は顔を見合わせる。
身代金を払う……?
そのことが全員浮かんだのか、緊張の顔になる。
まさか、そこまで事が重大になるとは思ってもいなかったからだ。
大の大人が子供のイタズラを本気にするなんて想像していなかった。
「わ、わかりました。俺たちはユメを探しにいきます。でも、夜に家にいないと親が変に思う。どうしよう……」
ナオトが震える声で言った。
この声色は本音だ。事の重大にナオトも恐怖を感じている。
「夜は自宅に帰ってくれ。キミ達のような子供が、夜中にウロウロしているのを犯人にわかってしまったら、ユメは身代金を払う前に殺されてしまうかもしれない。何かわかったら私に連絡してほしい。頼む」
祖父は3人に頭を下げた。
3人は生唾を飲み込んで頷いた。
バラバラに探すフリをしてから、町の外れの仮設事務所へ向かい、周りを確認してから中に入る。
ユメがスナック菓子を食べながら「おかえりー」と言った。
「ヤバイぞ」
最後に戻ってきたナオトが言った。
「なにが?」
ユメは不思議な顔をして首を傾げた。
「ユメ、大変よ。おじいさんがご両親たちと相談をして、身代金を払うって言っているわ」
アカリも緊張した顔で言った。
「だから、こんな事するのは嫌だって言ったじゃない!!」
アサコが泣きながら叫んだ。
「えーと、五千万円だよね?それを一千万円ずつ分けて入れればいいんだよね?私は二千万円。そうだよね?」
ユメが呑気に言っているのを、3人はポカンと見る。
「どうしたの?そういう計画でしょ?お金はいいよー。あげるよ。お父さんとお母さんに会えるし、私のお願い聞いてくれたんだから、そのお礼だもん」
「本気で言っているの?」
アカリが驚いた声で言った。
ユメはニッコリと笑っている。
「私もね、サスペンスのドラマを思い浮かべて考えていたんだー。お金を貰って、解放される時って少し怪我をしてた方がいいかな?痛いのは嫌だけれど、それくらい仕方がないと思うんだ。そう思わない?」
スナック菓子をボリボリと食べながらユメは言う。
「怪我?それは……、俺たちがユメを殴るとか蹴るとかをするってことなのか?さすがにそれはちょっと……」
ナオトが嫌そうな顔をする。
それにはアカリとアサコも頷いている。
「さっきね、資材置き場に行ってみたの。そうしたら壁に木材が立てかけてあったよー。触ってみたけれど、軽そうだし、座って目隠ししてる時にそれを倒してくれたら、少し怪我するんじゃない?」
相変わらずユメはニコニコと笑っている。
「嫌だよ!これは遊びだったはずでしょ?大金受け取って、ユメを怪我させるなんて、私はどっちも嫌!」
アサコが叫ぶ。
それを見て、ユメがニヤリとした。
「そうだよ、アサコちゃん。これは『遊び』だよ?でも、お金を貰うんだから、少しは言う事を聞いてほしいなー。この計画が始まってから、アサコちゃんだけ反対したり、文句を言ったりしているよね?でも、ここまで来たら私の言う通りにしてね?木材を倒す係はアサコちゃんで決まり!みんな、それでいいよね?」
震えながらアサコが全員を見る。
強張った顔のナオト。
アカリもさすがに驚いた顔をしている。
「もうそろそろ、みんな帰った方がいいんじゃない?暗くなってきたし。おじいちゃんには見つからないって言って、明日の朝にでもまた来てね。48時間もしないで入金されそうだよね?お金入ってたら、口座に入れるから、口座もチェックしておいてね?あ、それと計画の紙を燃やすんだよね?アカリちゃん、よろしくね?」
ユメは紙をアカリに渡す。
アカリは無言で受け取って、アサコとナオトを見る。
2人もポケットに入れてある紙をアカリに渡した。
アカリは自分の分も出して、事務所の机にあるマッチ箱を取って火をつけて紙を燃やした。
「私のは原本よ。だから、これで証拠はない」
アカリが言った。
「じゃあ、明日ね。本当は1人は怖いから、ナオトくんがいてくれたら嬉しいけれど、それは無理だし。頑張ってみるね。私たちは『仲間』だし、いつでも一緒。そう思えば怖い夜も平気だよ?だから大丈夫。じゃあ、みんな、おやすみー」
ユメは全員に笑顔で手を振り、スナック菓子の袋を持ちながら寮となっている場所へ向かった。
ナオトが思いつき、アカリが念入りに計画をした『遊び』の主導権がユメに移っていることを3人は感じた。
自分たちはユメを世間知らずのお嬢様だとなめていた。
けれど、実はこの4人の中で一番、ずる賢いのはユメなのかもしれない。
ユメの祖父に「見つからなかった」と報告をして、それぞれ帰路に着く。
そうして眠れない夜を過ごし、朝の10時にユメの家の前で待ち合わせをした。
今日は青果店の老婆はいなかった。
再び、ユメを探すと祖父に伝えたところ、ユメが見つかるのは時間の問題かもしれない。けれど行方を探してほしいと言われた。
玄関先で話をしていたら、ユメの顔とよく似た女性と眼鏡の真面目そうな男性も出てきた。
2人はユメの両親だと言い、「どうか、探してください。よろしくお願いします」と頭を下げた。
家を出たところでアカリがポツリと言った。
「見つかるのは時間の問題かもしれないって……、入金されたっていうこと?」
ナオトがスマホを見る。
「おい……、自分の口座を見ろよ……」
ナオトの言葉に2人はスマホを確認した。
〇〇〇株式会社から一千万円がそれぞれ入金されている。
それは、ユメの分の架空口座に身代金が払われ、それが分配されたことになる。
アサコは恐怖でスマホを落としてしまった。
子どもが考えたイタズラが本当の誘拐事件になった。
自分たちが浅はかに考え、暇つぶしに実行したことが事件として現実のものとなったことを、振り込まれている金に思い知らされる。
「は、早くユメを解放して、さっさとこんなこと忘れよう?このお金は将来、自分が困った時に使う。それまでは……、この事が大人になって、私たちの中で忘れた頃に使うことにしよう。いい?」
アカリが自分に言い聞かせるように言った。
「もう、早く終わらせて忘れたい……」
アサコが放心しながら言った。
「早く終わらせよう」
ナオトが言い、それぞれバラバラになって仮設事務所へ向かった。
「おはよー。お金、入ってたでしょ?」
事務所へ行くとユメが笑顔で迎えてきた。
「入っていたわ。ユメ、早くスマホを貸して。この場所を伝えて、私たちは逃げるわ」
アカリが焦りながら軍手を履いて言う。
「ダメだよー。私のこと目隠しして、椅子に縛り付けてくれないと。それから、木材を倒すのも忘れないでね?」
ユメが呑気に言う。
ナオトが舌打ちをして、「早くするぞ」と言って、資材置き場に向かった。
「はーい」
ユメはスキップしながらナオトの後に続き、アカリとアサコも向かった。
ユメを椅子に縛りつけて、目隠しをする。
『身代金は受け取った。娘の居場所を伝える。尚、解放した後も警察や住民に通報すれば、再び娘を誘拐し、今度は確実に殺す。一時間後、町外れの××建設の仮設事務所の資材置き場へ来い。そこへ娘を解放する』
アカリはメールの文章を打ち込んで、頷いた。
「いいわよ。アサコ、木材を倒して」
アサコは「無理……、そんなことできない」と首を振った。
「アサコちゃん、大丈夫だよー。少し怪我をするだけだし。倒してオッケーだよ」
目隠しをされながらユメが言う。
それから、ユメは続けた。
「みんな、私のワガママのためにありがとう。私たちは、やっぱり『仲間』で、いつでも一緒だよね」
「アサコ!!」
ナオトに怒鳴られて、アサコはビクリとする。
弾かれたように、目の前の木材をユメの方へ押した。
ガラガラと大きな音を立てて、木材が倒れていく。
木材の中に金属のような音が混ざって、ガンガン!と鈍い音を鳴らして床に叩きつけられる。
「ぐ、ぐ!がああああー!!」
断末魔のような叫びが倒れた木材や金属の棒の中から聞こえた。
「え……?」
倒したアサコが言った。
無我夢中で押したからよくわからない。
アカリとナオトが茫然と見ている。
木材の中から、ユメの足が出ている。
ピクピクと痙攣している。
「え?なに?これは軽いから大丈夫だって……」
アサコが呟くと、アカリはすぐに我に返りユメのスマホを操作した。
「送信したわ!!早くここから離れるわよ!!急ぎなさい!!」
そう言うとスマホを木材の中に投げ捨てて、アサコを引っ張りながら走る。
ナオトが先に進み、裏口を開けて「早くしろ!」と叫んだ。
「ねえ!ユメは?大丈夫だよね?」
アカリに手を繋がれて、裏の山へ走りながらアサコは叫んだ。
「知らない!!今はこの場を離れることに集中して!!」
アカリも叫ぶ。
3人で山を走りながら越えて、国道へ出る。
町で一番大きなスーパーの前で、ゼーゼー言いながら息を整える。
低いとは言え、山越えで結構な時間がかかった。
ナオトがスマホで時間を確認した。
「2時間も経ってる……」
その声がかき消されそうな轟音が聞こえてきた。
「ドクターヘリだわ」
アカリが上空を見ながら言った。
「ユメは無事だよね?」
アサコが震えるように言う。
「わからない。とにかく、私たちは3人でこの辺りを探していたことにしましょう。見つからなかった、そう言うのよ?わかった?これからユメの家に向かうわよ」
アカリの言葉にナオトが頷いた。
「いいか。この事は一生誰にも言わない。絶対にだ。ユメの怪我が酷いかはわからないけれど、俺たちだけの秘密だ。約束だ、いいな?」
3人は、それぞれの顔を確認して頷く。
ユメの家に戻ると、もぬけの殻になっている。
住民たちがザワザワと集まっていた。
その中心にアカリの父親がいて何かを説明している。
「お父さん!何があったの?」
アカリが人をかき分けて父親に言った。
「アカリか。新山さんの娘さんのユメちゃんが怪我をして、ドクターヘリで搬送された。町外れの建築会社の仮設事務所に迷い込んだらしい。まだこの町に慣れていなかったから、道に迷ったのだろう」
3人で顔を見合わせる。
「怪我って大丈夫なんですか?」
ナオトが言うと、アカリの父親が首を振る。
「資材置き場で遊んでいたのか、資材が倒れて下敷きになったようだ。非常に重症で危険な状態だが、わからない」
「そんな……」
アサコが顔面蒼白になる。
「お前たちはユメちゃんと仲がよかったようだな。心配だろうが、運ばれた病院に任せるしかない」
『仲間』。
いつでも一緒。
ユメが最後に言った言葉が呪いのように纏わりつく。
それから、ユメの姿を誰も見ることはなかった。
あの宮殿から、ユメの祖父母も消えた。
3人は、ユメのあの言葉が呪いとして脳裏にこびりついている。
あの事があってから、3人は口を利かなくなった。まるで他人のように、互いが存在をしていることもわからないかのように、一切関与をしない。
思い出したくないから。
『仲間』であり、いつでも一緒だとは思いたくもない。
そうしてアサコは高校へ上がる時に都会へ転勤となり、残ったアカリとナオトは別々の高校へ進学をした。
それから、この『狭間』に集められ、久しぶりに顔を合わせることとなった。