泡沫〜罪への代償〜
第十一章
新山 ユメ(前編)
「へー、本当だったんだ」
私は皮で出来た分厚い本のページをめくりながら、感心したように言った。
本の表紙は私の文字で『3人の物語』と書いてある。
私が見ているページには、柳アサコ、清水アカリ、結城ナオトの3人が、ウタカタがいる『狭間』へ招集されたと書いてある。
そして、「あの事」を話し合っていると。
読み進めると、アサコが思い出したように言っている。
「そういえば、私たちが呼ばれて通っていたユメの部屋、『メインルーム』って言っていたけれど、他にもユメの部屋があったってことだよね?」
「メインではないから、セカンドルームってこと?寝室なんじゃないの?」
アカリがそれがどうしたって顔で返事を返した。
「ブー。ハズレだよー。本当にアカリちゃんって大事なところをミスするよね」
私はクスクス笑いながら言った。
寝室は他にあって、私が誰にも見せなかった第二の部屋。
アカリ風に言えば『セカンドルーム』は、ウオークインクローゼットのことだ。
6畳ほどの広さのそこは私の趣味の部屋。
客室だからメインルームと言っていただけ。
趣味の部屋のドアは、あなた達がいつも座っていたソファの後ろにあったんだよ?ただのクローゼットだと思って気づかなかったでしょ?
カルト宗教に興味がある私が、色々と本を集めて読み漁っていた場所。
洋服がかかっているクローゼットの下、木箱の中にそういった類の本を大量に入れていた。
私はクローゼットの中で集めていた本を眺めながら、初めてこういう類のものに興味を持ったのかを思い出していた。
*********
東京で有数の名門中学校に入学した私は、周りからも『超お嬢様』という扱いを受けていた。
授業は帝王学が中心で、祖父から続いている事業は両親が継いだけれど、その後継ぎになりたいという気持ちはない中でも勉強はつまらなく、心からの友人と呼べる存在もいない。
この学校は競争しなければ生き残れないので、私に限らず、深く友情を芽生えさせようと思っている生徒は数が少ないと思う。
両親は仕事ばかりで、最後に顔を合わせたのはいつだろうか?
私を家に一人にしておけないと、祖父母の家に私だけが引っ越しをしたけれど、それから会ったのだろうか?思い出せない。それくらい遠い記憶。
ある日、外出をしていて、何気なく立ち寄って書店の片隅のコーナーで『悪魔神』というタイトルの本を見つけた。
興味本位でページを開いてみると、神ではあるが邪教である悪魔神への崇拝や儀式などが書かれており、その本の中で描かれている神々の美しい姿に一気心が奪われた。
そして目を引いたのは『理不尽』『怒り』などの気持ちが悪魔神を生み、そして人々は悪魔神へ救いを求める。と書いてあったことが心の中に響いた。
そうだよ。
今、私が置かれているこの現状こそが理不尽だ。
裕福な生活を送り、周りはそんな私を羨ましがるけれど、私の心の中は誰にも分らない。
寂しい気持ちや、お金なんかより両親と仲良く暮らしたい。
お父さんとお母さんの笑顔が見たい。
『ユメが一番大事』と言ってもらいたい。
これこそ理不尽以外の何物でもないはずだ。
そう思った私は迷うことなく、その本をレジへ持って行った。
それがキッカケで悪魔神や邪教に関する本、儀式などにに使う道具などを、おじいちゃんやおばあちゃんに見つからないように集め続けた。
悪魔神や邪教に飽き足らず、カルト宗教への興味も沸きはじめ、それらに憧れや、自分の気持ちを代弁していてくれているという気持ちでどんどん傾倒していった。
*********
あの町での暮らしは、店も何もなく、コンビニすら遠い。本当に退屈な田舎だなと思っていた。
どうして私がこんな、ど田舎に引っ越ししてこなければならなかったのか。
東京の暮らしは、お父さんとお母さんが忙しくて、会うことすらほとんどなくなり、おじいちゃんとおばあちゃんと生活をしていた。
おじいちゃんは、仕事を引退してから東京での暮らしに疲れてしまい、
「のんびり暮らしたい」とよく言っていた。
そして、のんびり暮らす場所をあの田舎に決めた。
どうせのんびりと暮らすのなら、私は海が見える避暑地のような場所で暮らしたかったのに。
けれど、そんな田舎の自分の近所に面白い人間が3人いた。
優等生を気取り、町の医者の娘だと常に偉そうにしているアカリ。
特徴も何もなく、気が弱いからアカリにこき使われているアサコ。
田舎にいるには少しもったいないイケメンなナオト。
この幼馴染の3人は退屈な生活に少し刺激をもたらせてくれると期待して、接触した。
アカリは私の家の財力に敵わないから、警戒して近寄ろうとはしなかったけれど、残りの2人はまんまと近寄ってきた。
私はナオトに恋心を抱いていたから、ナオトと一番仲がいいアサコはオマケだったけれど。
ナオトが私に振り向けばいいのに。
そう思ってはいたけれど、なかなか上手くいかない。
アサコを利用しようとしても、使えないアサコは私のために動くことすら出来ない。
私は趣味の部屋で『悪魔神との契約』という本を読みながら、どうにかナオトが自分を好きにならないかを考えていた。
あわよくば、私を祖父母に押し付けて、こんな田舎へ追いやった両親へ復讐もしてやろう。
それを実行する為に、あの3人を巻き込めやしないか。そう考えていたのだ。