泡沫〜罪への代償〜
第十三章
願わくば
ユメが目を覚ますと、ウタカタは「おはようございます」と声を掛けた。
起き上がり、周りを確認してユメは思う。
戻ってきたのだと。
「ウタカタさん、久しぶり」
「大人っぽくなりましたね。また、神様ですか?って言われるのかと思いましたけど」
優しい笑顔でウタカタが言った。
「まさか。ちゃんと覚えてるよ?その為に生きてきたんだからね」
ユメも少し笑って答える。
「身体の痛みは……、3年前と同じくないだろうね。今回もほぼ即死状態だから。他の3人はどこかしら痛みを伴って、ここへ来たけれど、キミは死に方が上手なのかな?」
「死に方が上手って。そんな褒め言葉は微妙だね、あんまり嬉しくないよ」
不満そうに言うユメに「あはは。失礼」とウタカタが笑う。
「ミコちゃん、新山さんが目を覚ましたよ」
ウタカタが続けて言う。
ユメもウタカタが声を掛けている方を見ると、カフェではなく、どこかの部屋のドアからミコが出てきた。
「お久しぶりです。ユメさん」
3年前に会った時は長袖の服を着ていたけれど、今は現世の夏に合わせたのか、半袖にショートパンツのミコが笑顔を見せた。
あの時はアップにしていた髪も、今日はおろして綺麗に巻いている。
歳を重ねることはないようで、少しお姉さんに見えていたミコが同世代に感じる。
ウタカタも初めて会った時となんら変化もなく、黒いジャケットの中にTシャツを着ている。相変わらず2人とも整った顔立ち。
「ミコちゃん、久しぶりー」
旧友に会うかのように、ユメは笑顔で手を振った。
「で、あの3人はどうだった?」
ウタカタが聞くと、ミコは少し考えながら答える。
「そうですね……、落ち着いて話はしています。誘拐事件については、全員の本質と思惑が明らかになり、少し揉めそうにはなりましたけれど。それよりも、事実を見直すということの重大さを理解しているので、問題なく振り返りは出来たと思います。今、ユメさんがこちらへいらしたと伝えましたので、少し緊張はしています」
「なるほどね」
ウタカタが頷いてユメを見た。
「さて、新山さん。すぐに3人に会う?それとも少し時間を置くかい?キミも3人に会うのは緊張しているかもしれないし」
「緊張?」
ユメはフっと笑った。
「そんなの全くしてないよ?ウタカタさんが一番わかっているんじゃない?私は、今日のために生きてきた。そういう契約の元で現世で苦しんでいたんだから、すぐにでも3人に会えるよ」
「そうだったね。では、行こうか」
ウタカタが立ち上がる。
それから、思い出したように「お、忘れるところだった」と言って振り返った。
ユメの足元にある『3人の物語』の本を手に取った。
「これはもうキミには必要がないから、返してもらうよ?この本はまた新しい本になるからね」
ユメにタイトルを見せてから、3年前と同じようにタイトルに手をかざす。
『4人の物語』と焼印の文字に変化して、タイトルが浮かび上がってきた。
「4人……、私もその本の登場人物になるってことだね」
ユメが呟いた。
私たち4人がこれからどうするのかが新たに書き加えられていくのだろう。
それぞれがどういう選択を選ぶのか。
それを思うと、少しだけ緊張する。
ユメはウタカタとミコの後へ続いた。
ドアの前でミコが言う。
「3人はこちらにいます。では、入りますがよろしいですか?」
ユメはウタカタとミコを交互に見てから頷いた。
「お待たせしました。新山ユメさんがいらっしゃいましたよ」
ミコがノックしてからドアを開けた。
3人がドアの方を見る。
ミコとウタカタの後に続いて、新山ユメが現れた。
ユメも3人を見る。
3人も大人になったな、と思った。
やはり、一番最初にナオトに目が行く。
座っているけれど、あの頃より背も伸びたのだろうし、顔に幼さがなくなっている。
好きだった。ずっと。3年間変わらずに。
再会するときは、もっとカッコよくなっているのだろうと、『3人の物語』を読みながら想像していた。
私が描いた人生へ進んでいく、アサコとアカリは読んでいて面白くて仕方がなかったけれど、ナオトだけは違う。
彼女がコロコロと変わったり、バンドのファンの女の子と身体の関係を持ったり、嫉妬することがたくさんあったけれど、必ず会える。ナオトに対してはそれだけを思っていた。
それからアカリに目を向ける。
相変わらず猫系な美人な顔をしている。
けれど、底にある意地の悪さやずる賢さにも磨きがかかって、性格が悪い雰囲気が浮き出てきた。
高校生になっても「優等生」を気取って過ごしているようだけれど、昔より更に経済的余裕がないのだろう。身なりは清潔感は保っているけれど、それ以上に手入れは出来ていない。
メイクなどもしていないし。なんだか貧しさというより、飢えている感じがする。
最後にアサコを見た。
本当にこの子は特徴がない。
都会へ引っ越しをしたはずなのに、一番、田舎臭さが残っているように見える。
学校で一番モテる先輩と接していて、『可愛い』と言われて一瞬浮かれていたようだけれど、そんなはずはないと思う。
まあ、それも先輩に騙されていただけで、いいように利用されていた話。
私にもわかる。その先輩がどんな顔なのか知らないけれど、アサコに魅力を感じるわけがない。相変わらずおどおどとしながら、視線をキョロキョロさせている。
悪い子ではない。優しい子ではあるけれど、一言で言えば「つまらない」。それが柳アサコという人間と思う。
アサコ、アカリ、ナオトの3人はユメを見た後に視線を絡ませている。
ユメが生きていることはウタカタから聞いた。
それには3人は驚きを隠せなかった。
アカリの父親の見解だけだったが、生存している可能性はないだろう。あの時に父親がそう言った。それをアサコとナオトもアカリから聞いたのだ。
ヤブ医者とナオトは思っていたけれど、ヤブでも腐っても医者である。
その医者が生存していないと言うのだから、そうなのだろう。
アサコもナオトと同じように思っていた。
誘拐事件、そしてユメが死んだ。
『仲間』、いつでも一緒。
最後にユメが言った言葉が呪いのようで、事実に拍車をかけて、最早3人が顔を合わせることも恐怖になり、そして他人となったのだ。
そして、今、ユメが目の前にいる。
不自然なくらい、成長していない気がする。
愛くるしい顔は変わらないけれど、幼さが残ったままだ。
残っている、というよりも全く変化がない。
冷めた顔している表情だけが、17歳になったのだとわかる。
その辺を歩いていても、中学生と間違われるだろう。
フワフワとしたワンピースを着ているから、余計に高校生には見えないのかもしれない。
そこで3人は同じことを思う。
自分たちは制服を着ている。
平日である今日は、当然ながら学校があったから。放課後に起こった出来事で招集されたのだ。
なぜ、ユメは私服なのか。
私服の高校へ進学していたとしても、とても通学する服装には見えない。
家着に近いワンピースなのだ。
今日は学校を休んだのか。それは、自分たち4人が招集されるからなのか。
ユメを見ながら疑問だらけになる。
「ユメさん、こちらへお座りください」
ミコが椅子を引いた。
テーブルを囲む4個椅子。
空席だったその場所へユメが座った。
「今からは僕らも参加させてもらうよ?キミ達だけでは解決することも、選択することも難しいだろうからね。僕が話を進めていく。それに対して、自分の思いや考え、そして最後に決断をして選択をしてもらう。いいかな?」
ウタカタはそう言って、壁に沿って置いてある3人掛けのソファに腰を掛けた。
ミコはテーブルの上にあるお菓子やジュースの中から、誰も手をつけていない飲み物をユメの前へ置いた。
ここにある飲み物は時間が経っても温くなることがない。お菓子の中のチョコレートも溶けない。
「これは、ユメさんが好きなレモネードです」
ミコは微笑んでグラスをユメの前へ置いたあと、ウタカタの隣へ座った。
「異議はなさそうだね。では、始めよう」
ウタカタはパンと手を叩いた。
その音に4人が一瞬ビクリとなる。
「柳さん、清水さん、結城くんがここへ招集された理由は3年と4か月前。あの誘拐事件が引き金になったことは理解したよね?そして、招集には、新山さんが鍵を握っていることも。新山さんはあの事件の時にこの『狭間』へ来ているんだ。そして、3年後の今日、キミ達4人を招集するという契約を僕と交わした」
「契約……?」
アサコがウタカタとユメを交互に見ながら呟いた。
「ユメ。なんだよ、契約って」
ナオトがユメに聞く。
「神様との契約だよ?罰は平等に下らなきゃ不公平だから」
ユメが少しだけ笑って言った。
舌ったらずな喋り方ではあるけれど、幼さはあまり残っていない。
「は?何で私たちが罰を受けなきゃいけないのよ。アンタが親に会いたいって言うから計画をして実行したのよ?ふざけないでよ」
アカリがイラついた声で言った。
「一千万円。報酬はしっかり受け取ったよね?私は取り分が倍額だった。どうせ、何の文句があるんだって言うんでしょ?でも、よく考えてね?そのお金ってどこから支払われたと思う?私の家からだよ。自分の家から身代金を出させて、赤の他人のあなた達に一千万円ずつ支払った。それで私だけ罰を受けて死ぬってフェアじゃないよね?」
ユメの言葉にアカリもナオトも何も言えなくなる。
アサコは震える手を必死で押さえようととする。
「まあ、そういう事だよねー。幼いキミ達の浅知恵を大の大人が本気にしてしまった。こんなはずではなかった。ただの遊びだったのに。キミ達は事の重大さにそう考えた。が、現実に分配金を受け取ったよね?それを返そうともしていない。最初に身代金が振り込まれた、新山さんの口座へ戻すこともしなかった。なぜかって?新山さんは死んだはずだから、死人へ返すことは不可能だ。そう考えたからだ。いや、違うね。ハッキリ言えば、そもそも返す気はなかった。こっちが正直なところかな?」
ウタカタが全員を見まわしながら言った。
ミコも静かに見つめているが、ユメ以外の全員は下を向いている。
ウタカタの言う通りなのだから、反論は出来ないのだろう。
「僕は神様という職業柄、そういう不公平は認められないという考えを持っている。4人で犯した罪は全員で受けなければならない。そう判断をしたらから、新山さんと契約を交わすことにした。新山さんも僕の説明を理解した上で同意した。しかし、この『狭間』へ来る条件は、結城くんが気が付いた通りに現世で苦しい思いや辛い思いをしなければ不可能。だから、3年という時間をかけて苦しみを味わい死を迎えてここへ招集されることとした。結城くんの場合は、新山さんの希望で苦しみはなかったけれどね。もちろん、柳さんや清水さんが苦しんでいる以上の辛さが新山さんには待っていたよ?生き地獄。そう表現してもおかしくはないくらいに」
「100回。ううん、それ以上かな?全身がグチャグチャになった私は何度も手術をしたよ。顔だって判別不可能なくらいだったのを、元の顔に戻すまでが大変だったし、私は歩けなくなった。辛かった。ウタカタさんとの約束より早く死んでしまおうかとも思った。でも、3人が苦しんだあとに私の前に現れる、それだけを支えに3年間生きてきたの。私の苦しみなんかアサコちゃんやアカリちゃんが受けていたものなんかよりずっと辛い。わからないだろうけれどね」
ユメは言いながら涙を浮かべた。
本当に辛かった。ウタカタが言う生き地獄、まさにその言葉の通りだった。
ナオトが思いついたように声を発した。
「おい、アンタは俺たちに説明したよな?過去や現在を変えることは不可能だって。俺たちが罰を受けるためだとはいえ、なぜユメと契約を交わすことができたんだ?現実は変えられないんだろ?」
「確かに言ったよ。それは間違えではない。でも、僕の話をしっかり聞いていたのかな?僕は過去や現在を変えない。けれど、「未来」をどうするかって話は一言もしていない」
「未来……?」
アサコが言った。
アサコの目にも涙が浮かんでいる。
「そういうことなのね……?ユメがここへ来たのは3年前。あの事件の時。そして、私たちがここへ招集される契約は3年後。私たちにとっては「今」のことだけれど、あの時のユメにとっては、これは「未来」の話だった……」
アカリがウタカタを見るとニコリと微笑んだ。
「そういうことだね」
しばらくの沈黙が訪れる。
それを破ったのはミコだった。
「皆さん。もう本音を言い合いませんか?過去の罪の清算をして、これからどうするのか。現世に戻り、苦しみはあるけれど生きるのか、それとも天国へ行くのか。そういう話をしませんか?ユメさんも憎しみだけで皆さんを呼んだわけではないんです。全員で罪を償い清算しようと考えたのだと私は思います。違いますか?」
ミコの発言で、沈黙だった空気が変わる。
「ユメ。俺たちにどうしてほしいんだ?残りの人生をお前に捧げて、すまなかった、お前に酷いことをしたって謝罪を続ければ気が済むのか?」
ナオトが沈んだ声で言った。
ユメは首を振る。
「他にどうすればいいの?お金を返せばいいの?それだけじゃないでしょ?それとも、ユメの家族にあれは私たちがやったことだ。一生かけて償います。って土下座をして、警察に捕まればいいの?私は現世に戻っても別件で逮捕はされるけれど、余罪として、過去の罪を自白すればいい?そうしたら少しは気が済むの?それとも、3人で死を選択すればいいの?どうしてほしい?どうすればいいの?」
アカリが悲しそうに言う。
それにもユメは首を振るばかりだ。
涙をボロボロ流して首を振り続ける。
アサコもただただ涙を流している。
それを見て、ウタカタはため息をついた。
「僕はね、犯罪。特に未成年が起こす犯罪の裏には悲しい事情があると思うんだ。犯罪自体は情状酌量の余地がない罪深いものだ。犯罪に同情はしないよ?大人でも子供でも犯罪には変わらない。どんなことでも罪は償わなければいけないからね。ただ、今回のキミ達が犯した罪には僕は少し悲しい気持ちでいるんだ」
4人を見まわしてから続ける。
「田舎で退屈な毎日。その暇つぶしで計画した事件。刺激がほしかっただけ。誰も本気にするとは思わなかった。そして、誰も傷つくことはないはずだった。結城くんが思いついたイタズラを面白がって、まるでミステリー小説の登場人物の気分で細かく計画を練った清水さん。両親へ復讐できると、それに乗っかった新山さん。そして、最後まで反対をしたけれど、結局は言うことを聞いて実行に加担してしまった柳さん。誰が一番悪いなんてないんだ。全員が同等だよ?こんなはずではなかった、そう思っているだろうけれど、浅知恵でもなんでもそんな考えや行動を起こしてはいけない。キミ達の想像を超える恐ろしいことになる。こんなはずではなかった、では済まされなくなってしまうんだ。全員が行動することをやめなければいけなかった。それに気づかなければいけなかった。誰かが止めるのではなく、それぞれが自分自身を止めなければいけなかったんだ」
「私は……」
ユメが涙を流しながら言った。
涙をこらえるように少し呼吸をしている。
「みんな一緒だと思ったよ?私だけがなんで?って思った。腹も立った。でも、ウタカタさんと契約を交わしたのは、みんなで罪を償いたいから。それだけ……。別に誰かに謝ってほしいわけじゃない。あんな事をするべきではなかった。それをみんなで反省したかったの」
ウタカタとユメの言葉にアカリも涙を流した。
自分たちは、この道を選択すると結果がどうなるのかを考えなければいけなかった。
誰かを利用したり、陥れたり、そんな考えは持っていけない。
いい子になれという意味ではない。
誰だって、好き嫌いはある。
合う合わないもある。
けれど、誰かを苦しめると罰は必ず下る。
悪い事をしたら神様は罰を与える、それは逃げられない。
あの青果店の老婆の言う通りなのだ。
ミコも悲しそうな顔で全員を見つめている。
「それでは、選択してもらおうか?キミ達はどちらへ進むのかを」
ウタカタが言葉を発した途端に、
「あの!!」
ガタンと音を立てながらアサコが席を立った。
「何かな?柳アサコさん」
「ウタカタさん、私と契約を交わしてくれませんか?」
アサコはいつになく強い口調で言った。
「契約?キミと?なぜ?」
ウタカタが首を傾げる。
「現世に戻ったら時間は進みますよね?それって今より「未来」の話になりますよね?だから、私と「未来」の契約を結んでください」
残りの3人も驚いた顔でアサコを見ている。
「契約条件は私から提示していいですか?それを良しとするかはウタカタさんに任せます。もちろん、契約には対価が必要ですよね?」
「そうだねー。契約だからね、対価は発生するよ?それも楽しい対価ではないけれどね。それで、条件はなにかな?」
ウタカタは足を組み直した。
アサコは頷いてから、話し出した。
「契約の条件は、清水アカリ、結城ナオト、新山ユメを現世へ戻してください。意識不明の重態から目覚めた3人は記憶を失ってもらいます。記憶が欠落している部分はおよそ4年分。ユメがあの町へ来る前まで。アカリは逮捕されると思いますが、記憶がないので精神鑑定になると思います。そこでアカリには警察のそういう施設で苦しくて辛い生活をしてもらいます。ナオトは、片方の耳の聴力を失ってもらいます。ギタリストを目指すナオトには辛いことになると思います。そして、ユメは足が不自由なまま。これなら、現世に戻っても辛い思いが待っていることになります。でも、それだけです。私たちが犯した罪の記憶がなくなる。分配金が入った架空口座のことも記憶にないでしょう。それなら、そのお金が使われることは一生ない。そもそも、ユメも2人も出会ったことすらわからない。どうでしょうか?」
「なるほど。それで、キミはどうするの?対価は何にするの?」
ウタカタが言った。
「私は死にます」
アサコはハッキリと言った。
「ちょっと、アサコ!」
アカリが驚いて口を出す。
「みんな、聞いて。私は死ぬけれど、光ある天国へ行くわけじゃない。天国が存在するということは地獄もあるはず。私が行く先は地獄よ。ウタカタさん、もちろん地獄も存在しますよね?」
「そうだねー。あるけれど、かなり辛いと思うよ?生きてる方の苦しみの方がまだマシだってくらいに。成仏なんかできないし、地獄から天国へ行くことも不可能だね。永遠の苦行が待っている、それが地獄。その地獄行きがキミの対価ってことだね?」
「はい。この契約、結んでもらえますか?」
「アサコ。お前だけがそんな思いをするのはダメだ」
ナオトが言った。
「アサコちゃん、そんなの絶対ダメ!!」
ユメも悲痛な声を出す。
「そうよ、罰を受けるのは全員よ。アサコだけが受ける必要はないわ」
アカリも同意している。
「みんな黙って!!これが私の罪の償い方なの。あなた達も現世で苦しいことが待っているのよ?罪の償い方は人それぞれ。それでいいんだよ。ウタカタさん、お願いできますか?」
アサコは3人を怒鳴りつけてから、ウタカタを真っすぐ見た。
ウタカタは顎に手を当てて考えている。
それから頷いた。
「いいよ。柳アサコ、キミと契約を結ぼう」
「ウタカタさん!!これはユメさんの場合とは違います!!」
ミコも驚いて口を出す。
「ミコちゃん。今回のこの4人のことは全てがイレギュラーな案件だよ?3年前、新山ユメが『狭間』に現れ、契約を交わしたことから全ては始まっている。最後までイレギュラーなんだ。だから、柳アサコとの契約もなんら不思議はない」
「契約成立。そう思っていいですか?」
アサコが言うとウタカタは微笑んだ。
「契約成立だ。それでは、3人には現世に帰ってもらおうか」
そう言って立ち上がる。
何か言いたそうな3人を見て、アサコが先に言葉を出した。
「いいの。3人も現世では辛い事が待っているけれど、私たちがユメと出会わなければこんな事にはならなかったの。振りだしには出来ないけれど、それでも私たちは、ここへ来て、考えて、反省をして、罪を償い方を真剣に考えた。償い方がわからないのだろうから、私が提示しただけ。罪を償うことには変わらないの。だから、現世で辛い道を乗り越えて、素敵な大人になってね?」
「アサコ……」
アカリが泣きながらアサコを抱きしめる。
「みんな、いつもウジウジしている私が初めて自分の意見をハッキリ示したんだよ?最初で最後だけれど、私の気持ち、わかってほしい」
アサコが笑顔で言った。
重い扉が開かれる。
光っていて、先がどうなっているのはわからない。
アサコに何度も説得された3人は扉の前にいる。その表情は沈んでいるけれど。
「柳さん、最後に皆さんに言うことはありますか?」
ドアに寄りかかったウタカタが言った。
「そうですね……、願わくば、悪い事はもうしないで。二度と。それを約束してほしい」
アサコが言うと、3人は無言で頷いた。
それぞれ思うことはたくさんあるけれど、アサコにはもう何を言っても無駄だとわかっている。
「そうだね。願わくば、僕もキミ達と再会しない事を祈るよ。こんな場所へっ辿り着いたらダメだよ?それでは、行きなさい」
「行ってください!!アサコさんの願いの通り、もう二度と、私たちに会わないように。そんな人生を送ってください!!」
ミコが叫びながら、足を踏み出さない3人の背中を次々と押した。
光の中に3人が吸い込まれて行く。
「アサコ!!」
アカリが叫んだ。
「アサコー!!」
ナオトもアサコの名前を呼んだ。
「アサコちゃん!嫌だよ!!」
最後にユメの泣き叫んだ声が聞こえて、3人は光の中へ吸い込まれていった。
3人はやがて、現世で意識を取り戻す。
ここ4年ほどの記憶がスッポリと抜けていて思い出せない。
医者は意識不明の時間が長かったのが原因だろうと、それぞれに同じ判断をした。
これから、アカリは逮捕され、ナオトは片耳の聴力を失い、ユメは一生歩くことは出来ない。
そうやって苦しみながら大人になっていく。
その様子をウタカタから借りた3人それぞれの本を読んでアサコは確認した。
「さて、柳さん。キミにも対価を払ってもらおうかな?」
ウタカタはコーヒーを飲みながら言った。
「わかっています」
アップルティーを飲んだアサコが笑顔で頷いた。
「あ、それなんですけれど、私、ウタカタさんと契約を結びまして……」
ミコがウタカタのカップにコーヒーを注ぎながら言った。
「ミコさんが?ウタカタさんと契約?」
アサコがキョトンとして聞いた。
「うんうん。そうなんだよー。ミコちゃんね、『神様認定資格』の勉強を本格的にやりたいらしくて、別な助手を持ってほしいって話なんだけれど……」
「私の代わりに柳アサコさんにウタカタさんの助手になってもらうという契約です。私が払う対価は『神様認定資格』を取るまで勉強部屋から出られないっていうものです。これも結構な苦行なんですよ?」
ミコがニコリと笑った。
「まあ、いきなり助手なんて無理だろうから、もう少しミコちゃんにはいてもらって、引き継ぎなど色々してもらうけれどね。だから、アサコちゃんは当分は助手より下の「見習い」かな?」
アサコちゃん、と親しみがある呼び方でウタカタは言った。
「あの、地獄行きの件は……?」
アサコが戸惑いながら言うと、ウタカタが声を出して笑った。
「地獄も辛いけれど、ここの仕事もキツイよー?地獄の方が楽だった。なんて思うかもね」
「そうですよー。ウタカタさんの助手は本当に辛いですからね!ワガママだし、大事なことは教えてくれないし、地獄の方が良かったー!!って思うかもしれないですよ?アサコちゃん」
ミコも笑いながら言う。
それを見て、アサコもつられて笑い出した。
「わかりました。それが対価なのですから、頑張ります。よろしくお願いします、ウタカタさん」
ーENDー
* 2019.09.30 皐月 コハル *