泡沫〜罪への代償〜
第五章

結城 ナオト(前編)


ちょうど、ヘッドホンを外したところでラインの音がなり、スマホを開くと女の子から「この間は楽しかったね」とハートが山ほどついたスタンプと共に書いてある。

この子誰だっけ?この間ってなんだっけ?
懸命に思い出そうとするが俺の記憶力なんてポンコツだから思い出せない。

「本当に楽しかったね!」

と、当たり障りのない返事でなんとかやり抜けようとする。

しばらく会話は続いたから、当てずっぽうでもなんとかなるもんだ。
そう思いながら再びヘッドホンをつけてギターの練習の続きを始めた。

中学生から始めたギター。家に親父の若い頃に使っていたものがあったから、興味本位と暇つぶしで始めた。

俺が住んでいる田舎はやることがない。だからいい趣味が出来たと思う。
ある程度弾けるようになってから、なけなしのお年玉で安いけれど気に入った自分用のギターを買った。

高校の気の合う連中が偶然にも楽器が弾けて、ギターボーカルの4人組バンドを作った。
俺はメインギター担当。

1年生の最初は音合わせも兼ねてコピー曲ばかりをやっていたが、ギターボーカルが作詞をしたと言ったことがキッカケでみんなで作曲をして、最近はオリジナル曲で2、3か月に一度市内の小さなライブハウスでライブをやっている。

集客は学校の連中やメンバーの地元の友達、自分たちが遊びで出会った女の子。
それでも学校で俺たちは「カッコいい」などと言われ、人気があるのが不思議な感じ。

もうすぐ来る夏休みには、みんなで金を出し合ってCDを作る予定だ。無料配布用のCD。
レコーディングなんてカッコイイものではなく、スタジオで1発録りだけれど。

俺たちはバンドでデビューしたいと思っている。
でも、市内でもかなり偏差値の低いこの高校に通っていて、さらにヘラヘラとしたバカキャラな俺でもわかっている。
バンドで成功するなんて宝くじの当選よりも少ないことも。
だから、俺たちは「保険」として専門学校への進学を考えている。俺ももちろんだ。

そしてデビューして売れなくて貧しい時、CDをリリースしたい時に「あの金」は使おうと思う。
アイツらはまさかもう使ってしまったのか?


「なんで今更」

口に出してため息が出る。

なんで今更、アイツらを思い出さなければいけないんだ。

俺たちは全員「あの事」があってから口もきかなくなり、疎遠どころか他人になった。

4人のうち2人はこの田舎から出て行った。
俺の家と同じ区画に、その2人の家は未だに売り物件に出されているが、1人の家は高額で買い手がつくような雰囲気はない。

ここに残っている1人はたまに見かけるが「おはよう」とも言わないし、通学のバスや電車の時間が合うこともない。

バスで市内の駅についてから、アイツと俺は全く逆の路線になるから、余計にそばに住んでるわりに会うことがない。
向こうが避けているのか、無意識に俺が避けているのか。


学校に行くと、教室に入る前に廊下で「ナオトー」と声を掛けられる。
振り返ると、メンバーの元カノ。結構可愛いけど遊びまくっている女だった。
俺たちの元カノなんか学校で何人いるか?10人以上いるだろう。
年上も年下も。

「おう、おはよう」

俺がヘラっと笑うとそいつもヘラヘラ笑っている。

「あのさー、私の友達がナオトのバンドのファンで、その中でもナオトが一番なんだってー。会いたいって言ってるんだけど、会えない?」

「へー、ありがたいな。俺は大丈夫だけど、いつ?」

ファン=客は大事。ライブ費用もかかるからね。

「今日とか無理かなー?突然すぎ?」

そいつは俺の袖を引っ張りながら言う。

「今日?まー……、バンド練習はないからいいけど、金ないよ?俺」

金がないのは本当だ。「あの金」は別物だから。

「そんなの、その子が飯代とか出すよ。今日オッケーって伝えていい?」

「いいよ。場所が決まったらライン入れておいてー。放課後一緒に行こうぜ」

「やったー、ありがとう」

さっそくスマホを操作している。

朝から何だか腹が少し痛い。
腹を壊す痛みとは違うっぽいけれど、なんだろう?腹をさすりながら教室に入る。

ガヤガヤとした教室で、自分の友達がいる場所に行くと
「ナオト、ナオト」と1人に声を掛けられる。

クラスにはバンドのドラムもいる。もちろんクラスでの仲間のグループに入っている。

「なんだよ」

カバンを自分の机に置いて戻ってきてから返事をした。

「知ってるか?ホームレス連続暴行事件」

と言われた。

「ホームレス連続暴行事件?あー、テレビでなんかやってた気がする。ニュースで見たんだったかな?あんまり記憶にねーけど」

夜のニュースを親父が見ていて、やっていたような……?ニュースなんて芸能ゴシップしか興味がないから記憶は曖昧だ。確かこの市内だったかな?それで覚えてるのかな?
よくわからない。

「犯人、未成年の女らしいぞ!女子高生の可能性大!」

興奮して言うそいつを見ながら笑った。

「未成年の女子高生って知り合いじゃないだろ?バカだなお前」

俺が笑って言うと「ナオトの方がバカだろ」と他の友達に突っ込まれる。

笑いながら思う。未成年なんだ、へー……。どんな事件が記憶にないけれど。

「あれだよ、サイコパスってやつじゃね?」

「サイコパスの意味わかってんのかよ」

「ヤバイ殺人者だろ?でもさ、未成年の女でホームレス暴行した時の力が成人男性並みらしいぞ?どこのゴリラ女かと思うけど、サイコパスなんじゃね?」

そんな会話を聞きながらスマホでその事件を検索してみる。

話を聞いて同感。成人男性と同じ力なんてきっとゴリラみたいな女なんだ。

そういえば授業始まらないなと思って、教壇に目を向けると、黒板には「本日、自習」と書いてある。

「なんで自習なの?」

俺の素朴な問いにドラムが返事をする。

「そのホームレス事件がらみで女子生徒が全員警察と心理カウンセラーってやつに聞き込みされてるから、今日からしばらく全科目自習なんだよ。市内全域の学校はみんな同じだと思う。でも、危険だから学校には男子も登校すれよって感じ」

机をスティックでタカタカと叩きながら言っている。リズム感を叩きこむと練習だと言って休み時間はいつもスティックで机の端を叩いている。もうその音は聞きなれた。

事件の概要を読みながら思う。

『食べ物を数日間与え、手なずけてからホームレスにはカボチャの置物を頭に乗せさせたり、ひょっとこのお面の被らせて暴行をする。犯人自体はおかめのお面を被っていることが多い。』

お面のセンスなさすぎだろ。と心で突っ込む。

『犯人像は知能指数が高く、計算高く、高圧的なところがあるが、手なずけれる際に顔がバレるという稚拙なミスがあるところから、未成年者の可能性が高いと思われる』

ふーん。この性格、アイツみたいだな。計画性はあるけれどツメが甘いんだよ、アイツは。「あの事」もそうだった。

って、なんで最近アイツらと「あの事」ばかり思い出すんだ。不愉快すぎる。
そしてさっきより腹痛が強くなってきた気がする。下痢止めでも飲めば治るのか?

「お!暇だしこれやろうぜ!『サイコパス診断テスト』だって、心理テストらしいぞ」

1人がスマホを見ながら言った。

「テストって答えは?」

ドラムが聞く。

「ちゃんと書いてある。一般人とサイコパスの答えの違いも」

「俺たちの学校はバカ高校だから、ある意味それがサイコパスだよ」

誰かが言ってみんな笑う。

「なー、暇だしやってみようぜ。答えを隠して問題を読むから」

まあ、どうせ暇だし。みんなそう思ったのか「いいよ」と返事をする。

俺は事件の記事を閉じて、ファンの女子大生からのお誘いのラインのやり取りをしながら返事をした。

「じゃあ行くぞー。問題その1『あなたは家でテレビを見ています。ニュースでは近所で頻繁に殺人事件が起きていると報道されています。そこで家のインターホンがなりました。あなたは扉を開けますか?』だって。1問目からタイムリーだな!」

「「開けない」」

ドラムも含めて3人が言った。

俺はスマホを見ながら「開ける」と答える。
深くは考えていない。直感で答えるのが心理テストだろうから。

「ナオト、マジかよ。お前だけサイコパスと答え同じだぞ?」

みんな笑っている。

「マジ?たまたまだろ?」

俺も笑ってから、またラインのやり取りの続きをやる。

数問続いて、俺の他にもサイコパスと同じ答えだったり、俺もみんなと同じ意見だったりとなっている。

心理テストだから「なぜそう思った?」が必要らしいけれど、とりあえずそれは飛ばして答えのみを言っていく。
4人でやっているのに、俺はなぜかサイコパスと答えが同じことが多い。

「10問目『夫が急死し、その葬儀中に訪れた夫の同僚に妻は一目ぼれをしました。その夜、彼女は息子を殺害しました。なぜ彼女は殺したのでしょうか?』だって」

「これは「なぜ?」がいるやつだな」

ふざけてるワリに、みんな意外と考えている。

ドラムがノートを破り、4枚にちぎって渡してきた。

「これは書いてみよう。俺も俺もって答えを合わせないように」

「なんだよ、真剣だな」

紙を受け取りながら、笑って俺は答えのペンを走らせた。

ドラムはバンドメンバーの中でも結構冷静で頭がいい。まあ、この学校にいるくらいだから、ここでは。なんだけれど。

全員書いたものを机に一斉に開いておいた。

『息子が邪魔だから』

俺以外、みんなそう書いてある。

『息子の葬式でまた会えるから』

俺はそう書いた。

「え……?ナオトの答えなにそれ?」

問題を出してきているヤツがスマホと照らし合わせて言う。

「なにって?そのままだよ。息子が死んだから葬式くるだろ?そうしたら絶対会えるじゃん」

「それ、サイコパスと答えも理由も同じだよ」

一瞬、シーンとなる。
俺がおかしいってことなのか?俺がサイコパス?
冗談じゃない。俺は普通の高校生だ。

「やめないか?あくまで心理テストだし。そんなもんでサイコパスとか決めつけて変な感じになったら俺は嫌だね」

ドラムが言った。

それを聞いてみんな「そうだな」「ムキになってテストやりすぎだわ」と言い、笑った。

それからしばらくみんなでバカ話や女関係の話で盛り上がった。

「さて、俺は早退するよーん」

俺が席を立つと、「なんだよナオトー」と言われる。

「今日は女子大生のファンの子と急遽デートになりましたー。本当は別の子とデートが先だったんだけど、そっちは今度ってことで。聞き込みが市内でされてるなら会うの遅くなりそうだから、女子大生の方にしましたー」

女子大生がラインで『ご飯食べて、その後ホテルいかない?』と言ってきたから、もちろんそっちを優先する。

この子とは数回会っているけれど、いつも全額あちら負担。ホテルありきのオプションで。

ありがたい、ありがたい。ファンは本当に大事。

「ところでナオト、さっきから腹さすってるけど、腹が痛いのか?」

ドラムに言われる。
サイコパステストやその後に話している時もズキズキと少し痛くて腹をずっとさすっていた。

「なんか痛いんだよなー。昨日食い過ぎたかな?」

「女と最中にトイレにこもるなよ!」

他のヤツが笑いながら言った。

「はいはい。そんなミスはしませんよー。じゃあなー、また明日」

手を振って俺は教室を出た。



数時間後、ラブホテルの部屋でボーっとでかいテレビを見ながら欠伸をする。
ことが終わってから1時間くらい仮眠をしたけれど、眠くて仕方ない。
あとは変わらず腹がズキズキ痛い。

テレビは夕方のニュースを流している。
今日言っていた、ホームレス事件の概要を報道していて『犯人は市内の女子高生とほぼ確定』とテロップで出ている。

「未成年の事件かー、殺人ではないけど怖いわね。女の子が犯人なんて嘘みたい」

同じベッドの横にいる女子大生が電子タバコを加熱している。甘いフルーツのような匂いがうっすらとするが、タバコの匂いは全くしない。

「きっとゴリラみたいな女子高生なんだよ」

俺が言うと彼女はクスクス笑う。
そして俺を引き寄せて抱きついてくる。

「実は私が犯人だったりして」

「キミの力はゴリラなの?」

そう言って2人で笑う。

普段はヘラヘラとしているけれど、こういう時とライブ中の俺は静かで冷めた感じにしている。何事もギャップが大事だから。

「もう少し一緒にいられる?」

彼女がそう言ってきて、少し考える。時間は別にいいのだが、腹の痛みが普通ではない気がしてくる。病院へ行くべきなのか?

そのタイミングで俺のスマホが鳴る。
着信を見ると『母』と出ている。

ベッドから出て、少し離れたソファに向かいながら「もしもし」と言った。

『ナオト!大変よ!すぐに帰ってきてちょうだい』

「え?大変ってなに?すぐっても電車とかの時間あるし……」

『タクシーに乗ってきて!支払いはお母さんがするから!とにかく大変なの!すぐに戻ってきなさい!』

「あー、わかったよ。タクシーで帰るよ。なにがあったのかわからんけど」

そう言ってから電話を切った。

「帰るの?」

彼女が不服そうな顔をする。

それを見ながら脱ぎ散らかした制服を集めて着替えだす。

「なんか家で大変なことがあったみたいだ。身内に不幸でもあったのかな?電話は母ちゃんね」

「身内の不幸?それなら急いで帰らないといけないね。先に帰っていいよ。私も用意してその後出るから」

そういうことならと彼女は言った。

「ごめん。今度またゆっくりしよう?近いうちに連絡するから」

俺は素早く着替えて、彼女に軽くキスをしてから部屋を出た。



なんだこれは……。

タクシーを飛ばして家に戻ると、家の付近がパトカーと覆面だろう黒塗りの車が何台も止まっている。

支払いを済ませた母親がそばにきた。

「先生の家だよ」

母親の言葉を理解できない。

先生の家?

それはつまり清水アカリの自宅?

アカリの家で何かあったのか?

まさか……!?

まさか今更「あの事」が?


「ホームレス暴行事件の犯人、アカリちゃんらしいのよ」

母親がコソっと耳打ちしてくる。

「は?アカリが?嘘だろ?」

驚いた。まさかアカリが犯人だなんて。

こんな田舎にパトカーが集まるもんだから町の人がみんな見に来ていて、未成年の報道規制もあったもんじゃない。
警察が黄色いテープを張って「これ以上近づかないでください!」と叫んでいる。


なんでアカリはホームレスを襲撃したんだ?

なんのために?


もう数年、アカリとは会っていないし会話なんてもちろんしてないし、自宅である診療所にも行かない。病院に行く用事がある時は遠いけれど市内の病院へ行く。
風邪くらいしか治せない、あんなヤブ医者になんかかかりたくもない。

医者の父親はピカピカに磨いた外車を乗り回して、母親は派手な格好でうろついているし気持ちが悪い。近所でも変人扱いされている。

「逮捕されたのか?」

母親に聞くと首を振った。

「なんだか警察が来る少し前から行方がわからないみたいよ?アカリちゃん、毎日、国道のそばにある大きなスーパーあるじゃない?そこに夕方、必ず食料を買い出ししているらしいんだけど、スーパーにもいないみたいなの」

「アカリは逃げたのか?」

「さあ……?女子高生の犯行としかニュースでは報道していないから、自分のところにはくるとは思わなかったんじゃないかしら?ここに警察が来た時もよくわからなったけれど、先生の家に入って行くのが見えて大騒ぎよ」


アカリはどこに行ったんだ……?


そう考えた瞬間、ずっと痛かった腹が弾けたような爆発的な痛みになった。
痛みに耐えられなくて、俺はその場に倒れこむ。

「ナオト!?どうしたの!?ナオト!!」

母親が俺を揺する。
脂汗が一気に出てきて呻くことしかできない。

「誰か!!救急車を呼んでください!!」

母親の叫び声を聞いて俺は意識を失った。



しばらくして目が覚めると病院に意識いる。
痛みはない。感覚がないくらいだ。

「結城ナオトさん」

白衣を着た医者が声をかけてくる。
そばには真っ青な顔をした母親と急いできたのかスーツがヨレヨレになった父親が見える。

「盲腸が破裂して腹膜炎を起こしているのでこれから緊急手術をします。大丈夫ですから安心してくださいね」

腹の痛みは盲腸だったのか……。
盲腸で死ぬようなことはほとんど聞いたことがないから安心する。

「それでは手術になりますので麻酔入れますね。すぐに意識がなくなります。僕が数字を数えるのを見ていてくださいね」

頷くと、点滴に何かを入れて、医者が「1、2、3」まで数えるのを見たと同時に意識が再びなくなった。

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