勇者四男冒険記
第1章.遭遇
破天荒四男
「フリッツ様、フリッツ様はいずこへ!」
だだっ広い王宮に怒号が響いた。声の主である青年は瀟洒なモルタルボードがずり落ちるのも構わず、長いローブの裾を蹴り上げるようにして廊下をずかずかと進んでいく。
「まったく、今月だけでも二十回!一体何度授業をさぼれば気が済むのだ……」
青年は呆れたように肩を落としつつも、壁際に飾られた鎧の裏に気づくことなく廊下を通り抜け、曲がり角の先へと姿を消す。どうやら難を乗り切ったようだ。少年はほっと息をつくとそこから抜け出し、手近にある窓に足をかけた。
「いつまでも逃げられるとお思いで?」
「わあ!?」
背後から突然声をかけられ、少年は思わず足を滑らせる。青年はその一瞬の隙をついて少年を廊下の方へと転がした。それに抗うこともできない少年は背中をしたたかに打ち付け、痛みに身もだえする。そんな彼を助け起こすでもなく青年は深くため息をついた。
「受け身をとることもできないとは……このギルマン、フリッツ様のお世話係として」
「『これほどに情けないことはありません。これではヌル王に申し訳が立たない』でしょう?……ってて」
ギルマンの台詞を奪いながら、少年――フリッツは背をかばいつつ立ち上がった。
「十二歳に大の大人が狼藉を働くのは、情けなくないようで」
「あなたが授業をちゃんと受ければ狼藉も働きません」
フリッツの減らず口に、ギルマンは眉一つ動かさずそう返した。
「さて、如何なされますか?お部屋で授業をお受けになりますか?それともこの場で立ったままがお望みで?」
「……授業をしないという選択肢は?」
「ほほう?」
ギルマンはにこやかに、しかしはっきりと青筋を立てながらフリッツの肩に手を置く。
「今日のフリッツ様は非常に面白いことをおっしゃるようだ。今ここで私が得意の爆破呪文を行使すれば如何なるか、聡明なあなたにわからないはずがありますまい」
「こ、降参降参!ぼぼ僕、お部屋でギルマン先生の授業うけたいなぁ~!」
このままでは死ぬ。フリッツは本能的にそう感じ、とっさに思ってもいないことを口走った。それを知ってか知らずか、ギルマンはパッと手を離し冷たい目でフリッツを見下ろす。
「言いましたね?では即刻、今すぐ、速やかにお部屋にお戻りください」
有無を言わせない雰囲気を感じ取り、フリッツはしゅんと肩を落とし廊下を進み始める。そのまま一歩、二歩と離れて行く哀愁漂う背中に、ギルマンは少し叱りすぎただろうか、と思わず視線を落とした。
その一瞬を、フリッツは待っていた。
「やなこったバーカ!」
フリッツは脱兎のごとく駆け出し別の窓へと手を伸ばす。フリッツは城の外の自由な空気の中へと、まるで鳥が空を飛ぶように身を投げた。