勇者四男冒険記
「――では、歴史の授業のおさらいから始めましょう」
絢爛豪華な部屋の中、ギルマンは涼しい顔で分厚い教科書を開いた。
「このリーベアレス王国の歴史は古く、かれこれ1000年もの間この地に君臨してきました。そんな王国の存続が脅かされ始めたのが今から70年前、魔物たちがゴッデスという王国を建国したのがきっかけです。最初は対等な関係を結んでいた両国ですが、ゴッデスの魔物たちはアレス暦939年にリーベアレスに宣戦布告し、魔術や我々の知らない文明で村々を支配するように……フリッツ様、聞いているのですか?」
ギルマンはそう声をかけながらフリッツに目を向けた。フリッツはギプスのはまった左腕を机の上に投げ出したまま、本に触れもせず椅子の上であぐらをかいていた。
「おやおや、まだご機嫌斜めなのですか?」
ギルマンは可笑しくてたまらないといった声をあげた。
「まあ仕方のないことでしょう、何の考え無しに3階から跳び下りた御自身の浅はかさを思えば……」
「うるさい!浅はかなのは勝手に庭木を切った庭師だよ。いつもなら庭木をクッションにして外に出られたんだ」
「確かに庭木が無くなったのはアクシデントでした。しかし王子として、ヌル王の四番目のご子息として、すべての物事に目を向けることはあなたの責務ですよ」
「ああ言えばこう言うんだから……」
フリッツはふう、とため息をつき、右手でぱらぱらと教科書をめくる。中に描かれた挿絵がアニメーションのように連なって見えるのを、彼はぼんやりと繰り返し眺めた。
「話を続けますよ。アレス暦952年、リーベアレス王国は劣勢に追い込まれていました。しかしある日、当時王座についておられたデニス王は神の啓示を受けられ、ゴッデス軍の魔王・グラウザムを討伐するための精鋭部隊の結成を決心なされました。その精鋭部隊のリーダーとして選ばれたのが勇者ヌル――あなたのお父様です」
「……おとぎ話みたい」
「これがこの国の正史ですから、覚えてくださいね。さて勇者ヌルはアレス暦953年、」
「『魔法使い、戦士、聖職者の三人を連れて魔王グラウザムを討伐しました。勇者ヌルはリーベアレス王女と結婚して王様になり、幸せに暮らしました』。……こんな感じ?」
ギルマンは少し考えてから、まあそうです、と首を縦に振る。その反応に気を良くしたのか、フリッツは本をポイっと後ろに放り投げ、足を机の上に投げ出した。
「正史なんてこんなもんだよな。要は父上が正しいと言えればそれでいい」
「お父様のことになるとひねくれる、相変わらずのドラ息子ですね。教科書を拾いなさい」
「くっだらね……そもそもおじい様が啓治を受けたなんて信じられないし……」
「神の啓示をお受けになったのは本当らしいですよ。教科書を拾いなさい」
「そもそも魔王みたいな強い魔物が、たった四人ぽっちにやられるなんて盛りすぎだって。兵士の大軍勢より強い四人なんて信ぴょう性ないよ」
「それでもあったことはあったことですから。最後のチャンスです。教科書を拾いなさい」
「やだ」
間髪入れずにフリッツが答えると、ギルマンは黙って立ち上がる。その目には明らかな殺気が込められており、周囲に散らばった本や玩具がガタガタと震え始めたほどの迫力があった。そんな彼をフリッツは平然と見つめ返したが、背中にはうっすらと脂汗がにじみ、心臓もバクバクと音を立てていた。
ギルマンが呪文を発動させたのと、何者かが慌てて部屋のドアを開けたのは、ほぼ同時の出来事だった。