翠玉の監察医 誰を愛したっていいじゃないか
「蘭、ごめん!先に行ってて。車の中に忘れ物しちゃったみたい」

「わかりました。先に行きます」

申し訳なさそうにするゼルダを無表情で見つめ、蘭は歩き出す。春風がザアッと音を立てて吹いた。風に乗って白い花びらがどこからか飛んでくる。蘭は無意識に手を伸ばしていた。

『綺麗でしょ?ここ、桜の絶景スポットなんだって』

蘭の頭の中に懐かしい記憶が蘇る。思い出すだけで泣いてしまいそうになる幸せな記憶だ。

「あの……」

泣いてしまいそうな記憶の中、蘭の耳に聞いたことのない声が入り込む。蘭が警戒しながら声のした方を見ると、紺色のスーツを着た男性が立っている。ダークブラウンに染めた髪をした整った顔立ちの男性は、頬を赤く染めていた。

「どちら様ですか?」

蘭が訊ねると、男性は「えっと……今日から研修に来た者です」と言いながらシンプルな名刺を渡す。深森圭介(ふかもりけいすけ)と書かれていた。

「わかりました。来てください」
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