冷酷御曹司と仮初の花嫁

　江藤商事の人は期待に満ちた表情を浮かべるし、千夜子さんはどうしようかと、思って悩んでいるようだった。麗奈さんの手前、簡単に応じることは出来ないから……。

「ちょっと相談してもいいかしら。この場で私が決めることも出来ないし」

「いいですよ。千夜子ママ。いい返事を期待します」

　別室に連れてこられた私が不安げに見上げると千夜子さんは優しく微笑んだ。

「陽菜ちゃん。どうする？今なら、麗奈の店に戻してあげることも出来るわ。ここから、裏道をいけば。でも、食事に行くだけならどうかしら？この後のアフター分は少し高めに頂くから、奨学金の返済に回せるわよ」

「あの人。大丈夫ですか？いきなりだから驚いてしまって」

「何度か佐久間さんはこの店に来たことがあるけど、女の子には全く興味がなくて、商談だけをして帰るのよ。いつも女の子を遠ざけるから聞いてみたら、匂いが嫌いだったのよ。だから、今日は陽菜ちゃんに来て貰ったけど、こんな風に女の子をアフターに誘うのは初めて……。

　だから、どうしようかと思って。花鳥に行くだけならいいと思うけど、どうする？この後のアフター代は後から、麗奈の店に届けておくけど」


　悪い考えが頭を過る。もう少し頑張って我慢したら、今日だけで借金が減るのは確実だった。そして、仮初の花嫁の話だけ断って、今日のバイト代とアフター代を返済に回せばいい。

　そんなことを考えた。三時間だけ我慢すれば……。それでいい。