冷酷御曹司と仮初の花嫁
　繁華街の片隅にある小さなカフェは夜のお姉さんたちの待ち合わせ場所であり、ここで煌びやかな仮面を剥ぎ、普通の女の子に戻ったように見せながら、もう一枚の仮面を被る場所でもある。誰もがそれを素顔だと思うけど、それは単なる仮面の一つでしかない。

　虚構の世界だけど、それを見越してお客さんも楽しんでいるのだろうし、それを見抜けない人は騙される。でも、そんな駆け引きも傍観しながら、自分の仕事に没頭する。

　佐藤陽菜（さとうひな）。26歳。

　そんな小さなカフェで私はアルバイトをしていた。

　昼は小さな会社の事務をしていたが、諸事情があり、夜はここでウェイトレスのアルバイトをしている。お姉さんたちからはキャバクラで働いた方が実入りがいいと何度も誘われたけど、昼に笑顔を張り付かせている分、夜まで装うのは無理だったし、お姉さんたちのように、美しい仮面も持ち合わせていないから、ここでコーヒーと軽食を運ぶくらいが丁度よかった。

　それでも普通のカフェに比べると段違いに時給がよかったし、時間的にも事務の仕事と両立するにもよかった。

「陽菜ちゃん。今日は少し多めにサンドイッチを作ってくれる？千夜子の店でパーティがあるのよ。後から取りに来るって言っていたから。材料は冷蔵庫に入れているのを使って」

　基本的にデリバリーはしないけど、ママの麗奈さんはクラブ時代の親友の千夜子さんの店だけは頼まれたら断らない。サンドイッチと簡単な料理の乗ったオードブル皿がこの店よりも数倍の値段でテーブルに提供される。
< 3 / 58 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop