冷酷御曹司と仮初の花嫁
「そろそろ送るよ。これ以上、遅くなると千夜子ママに申し訳ないから」

「いえ、私の方こそご馳走さまでした。美味しかったし、綺麗だったです。写真を撮りたかったですが、緊張しすぎて……」

「そんなに気に入ったなら、また機会があれば一緒に来よう。今日みたいに急でなければ、君の好みの料理を選んでいいから」

「私の好み？」

「そうだよ。君の好きなものを食べて、楽しんだ方が私も嬉しい。この料亭のいいところはコースもいいけど、アラカルトは好きなものを好きなだけ食べられるのもいい」

　ありがとうございますとは言ったけど、今のコースで十分に堪能したし、これ以上の贅沢は申し訳ない気もした。それに見れば見るほど、目の前にいる佐久間さんの顔は整っている。こんなに綺麗な顔だから、女の人に困らないと思うけど……。

　食事を終わらせて、千夜子さんの店の前に送って貰ったのは約束の時間になっていた。タクシーの中では佐久間さんは無駄なことは話さず、静かで緊張する時間が流れていく。私も何を話していいか分からなくて、窓の外の流れる景色を見ていた。

　花鳥を出る時に千夜子さんに電話を入れてくれたので、麗奈さんのカフェには千代子さんから連絡をしてくれるようになっていた。一度、千夜子さんの店に戻って、着物から自分の服に着替えてから、カフェに戻ることになっている。

　店を出てタクシーで千夜子さんの店に送って貰う途中に佐久間さんの携帯に電話が掛かってきた。『失礼』といって出た電話に、佐久間さんは眉根を寄せた。
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