冷酷御曹司と仮初の花嫁
 余程の緊急なのだろうとは思うけど、私が聞いていい内容ではないと思ったので、そのまま窓の外を見続けることにした。私には見えないけど、佐久間さんは厳しい言葉の応酬の後に、電話を切り、零した溜息が苦しさを滲ませた。自分の中で何かを考え、何かを結論出すのに時間が掛かったようだった。

「申し訳ない。君を店に送って、千夜子ママに挨拶をしてからすぐに会社に戻らないといけなくなった。本当なら君を麗奈さんの店に送っていって、その後には麗奈さんにも挨拶もするつもりだった」

「仕事ですか?」

「ああ、ちょっとトラブルがあったようだ。人に任せるわけにもいかないから、会社に戻ることになった」

「子どもじゃないので一人で帰れます。駅の近くて降ろしてもらったら、そのまま会社に行かれてください。私は電車で帰ります」

「君を連れ出したのは俺だし。送り届ける責任もある。それに着物で電車に乗るなんてことはさせられない。送らないなんてありえない」

「千夜子さんには私から説明します。私が説明すれば、いいと思いますが」

 少し考えたような表情をして、眉間に皺を寄せ、それから、小さな息を吐く。彼の頭の中で何かが決まったような気もした。彼の中での妥協点が決まったのか、それともその妥協点を飲めずにいるのか……。

「君がそこまで言うなら、会社に戻るよ。でも、それは一応店の前まで送ってからだ。一人で電車にしろ、タクシーに乗せるつもりはない」

 正直、ホッとした。さっきの電話の内容は分からないけど、この状況で呼び戻されるということは彼にしか、処理できないこと。企業のトップがそう簡単に呼び戻されることが普通であるわけない。
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