冷酷御曹司と仮初の花嫁
 佐久間さんに後から電話するということで納得して貰った。店の前まで送ってくれた佐久間さんはタクシーから降りる私を見て、穏やかに微笑んだ。その微笑みが優しくて、胸の奥がチリっとなった。

「千夜子ママには俺の方からもすぐに連絡を入れておく。それと、今日、君を連れ出した分の費用も払っておくから、それも言っておく」

 初めての花鳥での食事は、緊張したけど、美味しい食事だったと思う。料理一つの美しさは目を見張るものがあったし、最高級の材料に腕のいい職人の仕事の技が光っていた。艶やかな椀に盛られた一品のバランスの良さに私は感動した。

それだけでも十分だけど、彼は私を連れ出した分の費用も払うという。元々、千代子さんから破格のバイト代で、その上に佐久間さんにまでお金を貰うことに少し躊躇した。

「ありがとうございます。でも、お食事も美味しかったし。お金はいいです」

「それは私と千夜子ママとの間の契約だから、君に何もいう権利はないよ。店で働く君の時間を買った。それが全てだよ。だから、君は言われたとおりにお金を貰ってくれ。それと、着物、苦しかったろう。でも、とても似合っている」

 急にそんなことを言うから、さっき、チリっとした胸の奥が今度はドキドキしてしまう。佐久間さんは、急に優しいことをいうから、ドキッとする。君の心も身体も要らない、半年したら離婚で……。戸籍だけに名前が残るだけの存在になる。

 そんなとんでもないような提案をしながら、急に着物が似合うだなんて……。恥ずかしいけど、褒められて嬉しい気持ちもあった。


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