冷酷御曹司と仮初の花嫁
　佐久間さんと結婚するなら、このカフェを辞めることになり、麗奈さんとも碧くんともこのような優しい関係でいることは出来なくなる。結婚して、新しい人生を始めることが大事な人との別れも含んでいることに改めて気づく……。

　お金のために私は自分の人生の一部を売る。

　それだけではなくて、大事な人との別れも含まれていた。 生活のために始めたバイトだけど、そのバイトが私にとっては心の拠り所の一つになっていた。

「さよならをしないといけないなんて考えてなかった」

　そんな呟きが私しか居ない控室に微かに響くのを聞きながら、私はキュッと自分のスカートを握った。佐久間さんとのことが正式に決まったら、私は麗奈さんに言わないといけない。私は首を軽く振ってから、自分の頬をパンパンと叩くと、ロッカーからエプロンを取り出して、後ろのリボンをキュッと結ぶ。そして、笑顔を作って店に出た。

　店内に入ってきた私に麗奈さんは微笑んだ。

「陽菜ちゃん。追加のサンドイッチをよろしくね」

「はい」

　麗奈さんの柔らかい声と共に忙しさが増していく。千夜子さんの店に持って行った分のサンドイッチに使った材料分は配達して貰ったのか、食材が冷蔵庫に準備されていた。

「陽菜さん。今日は店の回転が速いです」

「そうみたいね。冷蔵庫に材料が入ってた」

「先ほど麗奈さんが注文してました。麗奈さん自身が作ると言っていたけど、陽菜さんが作った方がいいと思います」

「そうするね」

　私は夜が更けていくと同時にサンドイッチを量産することになっていった。私がサンドイッチを作る横で碧くんはコーヒーを作っていく。碧くんのコーヒーのドリップの数も増えていって、週末の賑わいは増していった。
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