冷酷御曹司と仮初の花嫁
「先に食べるしかないのはわかっているけど、つい、コーヒーの焙煎が気になるから。豆の配合もその日の湿度によって違うし」

「碧くんのコーヒー。美味しいもの」

 趣味でバリスタをしているのに、本当に凝り性なところがある。だから、じわじわと固定のファンを増やし続けているからかもしれない。

「趣味ですから」

「趣味の域を超えていると思うけど」

 碧くんの車は真っすぐに私のアパートの下に辿り着いた。自分の住む部屋が見えると安心する。激動の一日だったから、自分の部屋で気持ちの整理をしたい。来週には私の人生はガラッと変わる。

 佐久間さんと結婚して……。私は自由を手に入れる。 打算的な気持ちに少し後ろめたさを感じながら……。

「ありがとう。助かっちゃった」

 そして、お礼を言って降りようとする私の手首を碧くんがキュッと握った。碧くんが私に触れたのは、これが初めてだった。

「陽菜さん」

「どうしたの?急に」

 碧くんは私を手をスッと離すと真っすぐに見つめてきた。碧くんの視線にドキッとしてしまった。元々、綺麗な顔をしている男の子が真剣な顔をすると、見とれてしまいそうになる。


「今度の日曜に一緒に出掛けませんか?」

「ごめんなさい。その日は用事があるの」

「そうなんですね。すみません。呼び止めてしまって」

「いいけど。それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 車から降りて、碧くんの方を見ると、いつもの碧くんに戻っていた。そんな碧くんに手を振ってから自分の部屋に戻る。

 自分の部屋に入ると周りを見回すと荷物がいっぱいあった。
< 53 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop