冷酷御曹司と仮初の花嫁
 小柳さんが帰ってから、私は重たい袋を胸に抱え、自分の部屋に入るとテーブルの上に置く。直ぐに開けて、中身を確認しないといけないのに、開けたらもう引き返せないと分かっているからか躊躇した。

 逃げるわけにはいかない現実に私が手を伸ばしたのは少しの時間が必要だった。

 中に入っていたのは、契約書と婚姻届。婚姻届は白紙ではなく、既に佐久間さんの署名捺印まで済んでいるし、それだけではなく、承認の欄にも署名捺印もある。私が書き込む場所以外は全て埋められてあった。

 結婚というのはもっと違った気持ちでするものだと思っていた。婚姻届も二人で並んで書いたりして、心の奥から湧き出るような思いをしながらだと思っていた。でも、今の私の状況でそれは望む方が可笑しい。

 私は佐久間さんのことを好きではない。それは佐久間さんも一緒。お互いの利点のみで結婚しようとしている。

 分厚い契約書に目を通すと、そこにはこれからの結婚のことについてのことが書かれてあり、そこにも佐久間さんの署名捺印がある。細かに書かれた内容は私に不利になることは戸籍だけで他には何もない。


 奨学金の全額返済。
 お母さんの入院費用と手術費用。
 これからの生活に必要なもの一式。

 離婚後の協議書までが入っている。

 ありとあらゆることが決まり、記される。契約書というのもはこういうものなのかと思いながら見つめる。 結婚は確かに契約の一種かもしれないけど、ここまでも事務的だと却って清々しいのかもしれない。

 私はその欄に名前を書いた。

 そして、用意された袋に入れると息を吐いた。少しの感傷を自分の中にしまい込み。私は佐久間さんにメールをした。内容も事務的……。

『書類を頂きました。内容を確認して、記入も終わっています。』

『わかった。月曜日の夜に会えるか?』

< 57 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop