冷酷御曹司と仮初の花嫁
『はい。どこに行けばいいですか?』

『君のマンションの部屋にしよう?』

『私のアパートですか?』

『いや、君が新しく住むマンション。俺の部屋の隣だ』

『はい。では何時に?』

『20時に俺の部屋のインターフォンを鳴らしてくれ』

『分かりました』

『書類を忘れないように』

『はい』

 それだけ話すと彼とのメールのやり取りは終わった。私は忘れないように持っていくバッグにその封筒を入れると、フッと息が漏れる。佐久間さんはどのような思いで、この婚姻届にサインをしたのだろうか。私のような空虚な気持ちになりながら書いたのか、それとも幾多の契約書と同じようにただ、文字を連ねただけだろうか。さっきの事務的なやり取りを思いだす。

 考えたところで答えが出るでもなく…月曜日の夜になるまでは私はそんな彼のことを考えながら時間を過ごした。

 よく眠れないままに迎えた朝だった。

 私が思うよりもずっと、身体の倦怠感を覚えた。精神的な疲れは、身体にも影響する。

「起きなきゃ」

 いつものようにベッドから起き、会社に行く準備をする。佐久間さんと結婚したからと言って、私は仕事を辞めるつもりはない。もちろん結婚したこともいうつもりもない。

 扶養に入らないのだから、私は結婚のことは話す必要もない。年末に申請があるが、それまでには離婚するだろうし、そして、何もなかったことになる。

 数か月後には……。

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