ズルくてもいいから抱きしめて。
ひとしきり泣いた後、私たちは店を出た。

酔っていたとはいえ、上司の前であんなに泣いてしまった自分が情けなかった。
天城さんの表情はとても優しかったけれど、きっと呆れられたに違いない。

「今日は本当にすみませんでした!あんなに泣いてしまって、、、」

私は必死で頭を下げた。
あんなに泣いたせいか酔いは覚めていて、先程の失態をしっかりと思い出せた。

「少しはココ、軽くなったんじゃねーの?」

天城さんはそう言うと、私の胸の方を指差した。

「お前、その彼が消えた後にちゃんと泣かなかっただろ?本当は辛くて仕方がなかったはずなのに、ちゃんと吐き出さずに今まで来たんじゃないのか?」

天城さんの言う通りだった。
大好きな彼と何の前触れもなく突然会えなくなって、別れの理由すら分からない。

住んでいた部屋は引き払われ、仕事場にも居ない。
電話をしても無機質な音声だけが響いた。
誰に聞いても行方は分からず、まるで最初から彼が存在していなかったのように彼の存在が消えていた。

「だって、、、」

私は何か言おうとしたけれど、言葉に出せばまた泣いてしまいそうで言うのをやめた。

その瞬間、私の体が温かいものに包まれた。

あれ、、、?
私、天城さんに抱きしめられてる?

「あっ、、、あの〜天城さん?」

私は、恐る恐る天城さんの顔を見上げた。

「もう前を向いても良いんじゃないのか?それとも、次の恋をするのがまだ怖いか?」

怖い、、、?
そっか、私は怖いんだ。
また誰かを愛して傷付くことが怖いんだ。

「俺は、お前の前から消えたりしない。」

それだけ言うと、天城さんは私を抱きしめる腕に力を込めた。

天城さん、とても真剣な表情(かお)をしてる。

いつもの私と天城さんの関係なら、抱きしめられた腕を振り解いて茶化していただろう。
でも、今日はまだもう少しこの腕の中にいたかった。

天城さんの匂い、温もり、その全てが私には心地良かった。
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