ズルくてもいいから抱きしめて。
今の私には、堂々と“樹さんの恋人です!”と言えるだけの自信がない。

室長という役職を任されている樹さんや橋田さんのように、バリバリ仕事ができるわけではない。

見た目も、2人のような華やかさがない。

現に、同僚たちから樹さんと噂になるのは、私ではなく橋田さん。

私には橋田さんに勝てる要素が全く無い。

樹さんは、こんな私のどこが良くて付き合って、ましてや同棲まで始めたのだろうか?

どうすれば自信が持てるのか分からない。

「姫乃?どうかしたか?」

仕事の資料を見ながら考え込んでいたせいで、樹さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「えっ!?あっ、ごめんなさい!何でもない。」

「最近休憩時間も削って打ち合わせしてたし、疲れ溜まってないか?体調大丈夫か?」

「ううん、大丈夫だよ!心配掛けてごめんね。」

ダメだ、、、

もっとしっかりしないと。

「何かあれば、一人で悩まないでちゃんと相談しろよ?そのために俺がいるんだから。」

そう言って、樹さんは私のことを力強く抱きしめた。

樹さんに心配掛けてしまった。

でも、樹さん本人に“橋田さんはあなたの事が好きみたいです。”なんて言えるわけがない。

私自身が向き合わないといけないんだ。

上手く言葉にできず、私はそっと樹さんの背中に手を回した。

今は何も考えず、ただ樹さんの温もりだけを感じていたかった。
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